第13話 俺と君の間にあるもの
とりあえずの目標としていた大会も終わり、部活は通常運転に戻る。
俺は引き続きデュオリンゴで英語の自習を続けるつもりだ。来年、リベンジして優勝を目指すからには頑張らないと。
もっとも、今週の木曜と金曜は中間テストが控えている。
さすがにその間はディベートをやっている余裕はないだろう。
「一応聞いとくけど、テスト期間中は部活休みだよね?」
昼休み。
いつものようにどこかへ行ってから戻ってきた九条さんに、軽く確認してみる。
「私は試験前だからって特別に勉強時間を増やすつもりは無いけど……出口君にはちょっと厳しいかしら?」
「ぐっ……いや、国語とか英語は大丈夫なんだけど、理数系は若干苦手でね……」
「そう。なら試験が終わるまではお休みにしよっか。というか、ディベートにかまけて赤点でした、なんてやめてよね」
「いや、さすがにそれは……大丈夫だと思うけど」
「せっかくこの前の大会でベストスピーカー賞取れたのに、出口君の赤点のせいで廃部とか笑えないんだけど」
「なんで赤点取ること前提にしてんの!?」
九条さんは少し考え込む素振りを見せ、やがて思いついたように頷いた。
「しょうがないな、私が勉強教えてあげる。数学なんて解き方を覚えればいいだけだし」
「簡単に言うね? その解き方を覚えるのが難しいんだよ」
「数式を漠然と捉えてるからそうなるんでしょ。論理的に考えないと」
「……まあ、せっかくそう言ってくれるならありがたく教わりますけど」
「決まりね。じゃ、放課後いつものように教室で」
――放課後。
普段より生徒が残っている教室は、ざわつきもなく、試験勉強の空気に包まれていた。
名門校らしく、机に向かう顔はどれも真剣そのものだ。
「これ……教えてもらうとかそういう雰囲気じゃないな。声出したら怒られそう」
「……そうね。どうしようかしら」
「サイゼとかでやる? ドリンクバーで長居できるし」
「そうなの? 行ったことないけど……うるさくない?」
「あー、確かにちょっと騒がしいかも」
九条さんはそこでスマホを取り出し、手早く何かを入力した。
「え? 何?」
「ちょっと待ってて」
数秒後、ピコンと電子音が鳴る。
「じゃ、行きましょ」
「え? どこに?」
「土曜の大会で使ったホテルのラウンジ」
「ラウンジ!?」
その単語に聞き覚えはあるが、大人な感じの響きに思わずドキッとしてしまう。
俺の中では「ラウンジ嬢」みたいな夜のイメージが強いからだ。
「ホテルのラウンジって言っても、ちょっと高級な喫茶スペースみたいなものかな。半個室の席があるから予約しておいた」
◆◆◆
ホテル九条パレス。
相変わらず宮殿のような重厚な外観。そして威厳。
もう二度と来ることは無いと思っていたが、まさか日を置かずに再訪することになるとは。
俺はまるで従者のように九条さんの後ろに付き従い、ホテルの中へと足を踏み入れる。
案内されたラウンジは、パーティションで仕切られた落ち着いた半個室。
周囲の視線や声はほとんど届かず、照明は間接光で柔らかく、天井近くは開放的に抜けている。
絨毯は厚く、歩くだけで足音が吸い込まれるようだった。
二人で席に着くと、支配人らしき中年の男性が丁寧な所作でコーヒーを運んできた。カップの取っ手にまで家紋のような、紋章のような何かが入ってる。
「お嬢様、お久しゅうございます。先週の土曜もお越し頂いたようですが、私は休暇を頂いておりまして」
「あら、久しぶりね! 土曜の運営は完璧だったから気にしないで。また利用させてもらうと思うわ」
「はい、いつでもお申し付けください」
支配人はそこで俺に視線を移し、軽く会釈をしてくる。
俺も慌てて頭を下げるが、お辞儀の仕方が正しいのか全然分からない。
やべえ、こういう時のマナーとか全然分らんのだけど……。
「では、お嬢様。お飲み物が必要となりましたらお呼びください」
「ええ、ありがとう」
にこやかに応じる九条さん。
……こんなちゃんとしたナイスミドルが九条さんに気を遣い、九条さんもそれを当たり前のように受け止めている。
俺はこの短いやり取りだけで、俺と九条さんの間にあるとてつもなく高い壁というものを嫌でも理解させられた。
文字通り圧倒的なまでの格差。
最初から理解していれば、とても告白なんて出来ないだろう……。
同じ学校に通っている。
ただ、それだけが共通点。
――九条さんにとって、俺からの告白なんて何も響くわけがないよな……。
「どうしたの?」
俺が少し沈んだ顔をしたのを察したのか、九条さんが心配そうに首を傾げる。
「いや、何でも。じゃ、早速教えて下さい!」
俺は空元気を装い、数学の教科書を広げた。
教室ではいつも向かい合ってディベートしている。
だけど、今日は非日常の静かなラウンジ。
その特別な空気が、さっきまでの暗い気分を少しずつ和らげ、代わりに心臓をドキドキと高鳴らせてくる。ひょっとして俺は気持ちの切り替えが速いのか?
九条さんも、ほんの少しでいい。
俺と同じように胸が高鳴ってくれていたらいいな――。
そんな風に思った。




