第11話 東京予選②
「そうだ、記念に写真をとりましょう!」
いきなりデイブ先生が声を弾ませ、俺たちを立て板の方へ誘導していく。
『HEnDU主催 英語ディベート全国大会・東京予選』と大きく書かれたその前まで来ると、その板の横に俺と九条さんは立たされ、思わず顔を見合わせた。
どうすればいいのか分からず、どうしたものかとぎこちなく直立していると――
「リラックス、リラックスしてください。ほらファイティングポーズ。これから戦うでしょ?」
……いや、ボクサーじゃねぇんだから。
そう思いつつも、渋々拳を握ってみる。
横目に九条さんを見ると、あっさりファイティングポーズを決めていた。
その後ろで、先生の大きな影が床に伸びていた。
肩幅がやたら広くて、スーツの縫い目が悲鳴を上げている。
蝶ネクタイもギャグ漫画みたいに弾け飛ぶんじゃないかと冷や冷やする。
「はい、OK! 後で二人にも送りますね」
お、それはちょっと嬉しいかも。
サムズアップした先生は、にやりと笑って付け加えた。
「こうやって活動の証拠残さないと、部活無くなっちゃうかもしれないからネ」
おい、不穏なこと言ってんじゃねぇぞ!
そうこうしている内に、時刻は午前9時。
場内が徐々に静まっていくと、前方の舞台で司会者がマイクを握る。
開会式が始まり、大広間の空気は一気に緊張感を帯びていった。
――予選の幕が上がる。
◆◆◆
俺たちは案内された部屋のひとつに入った。
部屋の左右には、ちょうど四人ずつ座れる長机と椅子が向かい合わせに並んでいる。
壁際には控え用の椅子やホワイトボード。
窓の外からは秋の柔らかな日差しが差し込んでいた。
第一試合の相手は「都立港明高校」らしい。
転校してきたばかりの俺は、この学校に限らずレベル感がまるで分からない。
なので、隣の九条さんに訊いてみた。
「港明高校って偏差値高いの?」
「そうね……たしか70近くはあった気がする。都内でも有名な男子校よ」
「お、それは油断できなさそう」
二人並んで着席していると、ドアが開き、詰襟姿の四人組が入ってきた。
全員黒縁メガネか、あるいは度が入ってなさそうな伊達メガネをかけている。
髪型は見事に七三かガチガチのワックスで固めた前髪上げ。
手には何やら分厚いファイルとカラフルな付箋がびっしり貼られたノート。
足取りはやや内股気味で、揃ってカバンを体の正面で抱えている。
「む? 黎明学院は二人組と聞いてたけど、まさかの男女ペアだと!?」
「こ、これは……実質デートですやん……」
「絶対に負けられませんな!」
うるせえな……そんな風に言われちゃうと意識しちゃうからやめろって。
九条さんがすっと立ち上がり、にっこりと爽やかな笑みを浮かべて、声を響かせた。
「よろしくお願いします」
すると――
「!!!!!!」
「よ、よよよよよよよろしくお願いしましゅ、す……!」
「しゃす!!」
ただでさえ女子に免疫がなさそうな彼らは、一気にCPUがオーバーヒートしたらしく、視線があらぬ方向に泳ぎまくっていた。
まぁ、初心者には九条さんの笑顔は破壊力高すぎるし、そうなるのも無理はない。
その後、ジャッジと思しき大学生や、社会人っぽい落ち着いた雰囲気の男女が三人ほど入室してきた。
手元のバインダーを抱えて席につくと合図が告げられ、試合が始まる。
最初のスピーチ――九条さんが立ち上がった瞬間から、港明高校の詰襟四人組は完全に呑み込まれていたようだった。
「男女ペア」
その響きだけで、彼らの心のどこかに警戒心と妙な競争意識が灯るのだろう。
勝手知ったる男子校の空気と違い、女子という存在は彼らにとって『攻略不能な未知なる敵』のようなものだ。
スクリーン越しで動くキャラ相手なら平然としていられるのに、現実世界では目も合わせられず、思考がフリーズする。
九条さんが滑らかな英語で論を展開し始めると、誰もが視線を合わせられず、ちらちらと机やノートに目を落とす。
時折、机の端越しに九条さんを覗き込むように見ては、慌てて目を逸らす。
心ここにあらず、といった様子でプレゼン画面と九条さんの顔を交互に見比べ、処理しきれない情報量に対し明らかにバッファオーバー気味だ。
声も震え、単語が詰まるたびに慌てたようにノートをめくる――どうやら、その美貌に圧倒されて、頭が真っ白になっているらしい。
こちらは九条さんが冷静に論を展開し、俺はその横で資料を渡したり、メモを差し込んだりして支援に徹する。
何度か、相手が発言する番になっても英語が口から出てこず、「あ、えっと……」と時間を食ってしまう場面があった。
論点が崩れるというより、開始直後から完全に心を奪われていた感じ。
童貞(俺もだけど)だもん、仕方ないさ。
終盤、完全に勝利を確信したタイミングで、俺も反駁にひと言だけ加勢した。
この後の試合の為にも軽く人前で英語を使って慣れておきたかったからな。
だが残念ながらその頃には、港明高校チームはすっかり戦意を失っていて全く聞いていないようだった……。
そして俺たちは予定よりも大幅に早く、わずか一時間ほどで勝ち名乗りを上げた。




