第十話 幾千の時を超えて
黄金の都で敬愛する師に見守られながら眠りについたワトの意識は、再び光の奔流へと吸い込まれていった。しかし真っ直ぐ現代へ向かうのではなく、いくつもの「別の景色」が走馬灯のように渉の視界を掠めていく。
それは、数千年の間に二人が繰り返してきた、宿命の断片だった。
*
凍てつく冬の欧州。中世の修道院で庭師の服を着た渉は、凍えそうな指先で薬草を摘んでいた。
その隣には、一人の無口な修道士。
「……無理をなされるな。その薬草は、私が倉庫へ運んでおきましょう」
彼は大きな掌で渉の凍った手を包み込み、温めてくれた。顔は先ほど別れたばかりのイアナ・ヌブと同じ、深い慈愛を湛えた瞳。この時代でも、彼は渉の傍らで、静かに嵐を遮る壁となっていた。
それは別の時代でも同じだった。
激しい雨の中、旅の薬売りをしていた渉は、軒下で雨宿りをしていた。
そこへ傘を差し出し、無言で隣に立ったのは、武士の男。
「ここでは濡れてしまう。目的地まで送りましょう」
一介の商人に対しての丁寧すぎる物言い。それに差し出された傘は、常に渉の肩が濡れないように傾けられていた。ふと見上げたその横顔。雨音に紛れて聞こえたのは、あの懐かしい柳の葉が触れ合うような声だった。
*
野戦病院で負傷兵の手当てをする渉に、「逃げろ!」と叫びながら、崩れ落ちる瓦礫から救ってくれた軍医。
血に染まりながらも、彼は微笑んでいた。
「……君が無事で、とにかく良かった……」
いくつもの時代。いくつもの名前。
けれど、その姿は常に一つだった。
ある時は師として、ある時は友として、ある時は名もなき守護者として。
彼はいつだって、渉が「植物の声」を聴き、その優しさゆえに傷つきそうになるとき、必ず隣に現れていた。
そして、砂漠で託された「真紅の実」は、時代を重ねるごとに少しずつ形を変え、ある時はお守りとして、ある時は忘れられた宝物として、常に彼の懐で鼓動を続けていたのだ。
――君が、何度生まれ変わっても。
――私が、君を必ず見つけ出す。
その数千年にわたる執念に近い慈愛の記憶が、濁流となって渉の心に流れ込んでくる。
「……ああ……」
渉の目から、熱い涙が溢れ出した。
これまで柳教授が自分に向けていた、あの「どこか遠くを懐かしむような眼差し」の正体を、ようやく理解した。そして同時に疑問が湧いた。
どうして彼はずっと自分のことを見守ってくれたのだろうか。
それにいつの時代も彼の見た目は同じだった。
真っ先に会えるなら、柳教授、貴方に会いたい。そして確かめたいことが沢山ある。
白銀の光が自分のまわりを包み込むように渦を巻く。
心地よく、暖かい。
そうだ、雪幻桃はどうしたのだろう。無事だろうか。
それに他のみんなも……。
光のトンネルが弾ける。
ピッ、ピッ、ピッ……。
無機質な電子音が、現実の時間を告げた。
渉は、激しい動悸と共に、現代の病室で静かに目を開けた。




