↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【毎週金曜更新中】集音路渉 花守り日誌  作者: つきや
第六章 砂漠の記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/75

第四話 黄金の使者

 その日、村に異質な音が響いた。


 金属が、砂を踏む音。


 規則正しく、迷いがない。

 旅人や商人の足取りではなかった。


 ――『来た』


 小屋の外で、草が一斉に囁く。


 ワトが顔を上げたときには、すでに村の中央に、数人の男たちが立っていた。


 金色の装飾を施した胸当て。

 王宮の紋章。

 槍を携えた護衛。


 村人たちは、息を潜める。


 使者はまず、村長の家へ向かった。

 それだけで、この訪問が「正式」であることが伝わってくる。


 *


 村長の家の中。

 土壁に囲まれた簡素な広間で、使者は告げた。


「王宮より参った。高官イアナ・ヌブ様の名において、癒やし手ワトを訪ねたい」


 村長は、背筋を伸ばし、深く頭を下げる。


「ワトは、我が村の薬師でございます」


「それは承知している」


 使者は冷ややかに言った。


「植物と話す異能。王都まで噂は届いている」


 村長の喉が鳴る。


「……呼び出し、でしょうか」


「……まだ、だ」


 しかしその声には、拒否の余地は含まれていなかった。


 *


 使者たちが村長を伴い、ワトの小屋へ向かった。


 その道すがら、村人たちの視線が、痛いほど集まる。


 ――『嫌な感じ』

 ――『近づきたくない』


 草も、低木も、ざわついていた。


 小屋の前に立った瞬間、植物たちの反応が変わる。


 葉が逆立ち、

 蔓が地を這い、

 根が、きしむ音を立てた。


 ――『危険』

 ――『金の匂い』


 使者のひとりが、眉をひそめる。


「……噂以上だな」


 ワトは、小屋の前に静かに立っていた。


「何のご用件ですか」


 使者は一歩、踏み出す。


「王都へ来ていただく。今すぐだ」


「理由を」


「必要ない」


 言葉は丁寧だが、完全に命令だった。

 護衛の手が、槍にかかる。


 その瞬間だった。


 ――『やめろ!』

 ――『連れて行くな!』


 植物たちの声が、重なった。


 風が巻き、

 砂が舞い、

 小屋の周囲の草木が、一斉に揺れ動く。


 蔓が地面から浮き、草が、使者たちの足元を叩いた。


「なっ……!」


「やはり危険だ!」


 使者の声が、鋭くなる。


「見ろ! この異能、制御されていない!」


 村人たちが、悲鳴を上げ、逃げていく。


 ワトは、思わず叫んだ。


「やめろ!」


 ――『ワトを、守りたいだけ』


「わかってる……!」


 必死に抑えようとするが、植物たちは、言うことを聞かない。

 恐怖と不安が、声を暴走させていた。


「だから言ったのだ!」

 

 使者は吐き捨てる。

 

「半ば強制でも、連行すべきだと!」


 ワトは兵士に捕らえられ、地に伏した。


 そのとき――。


「そこまでです」


 乾いた空気を、冷たく研ぎ澄まされた刃のような声が切り裂いた。

 逆立っていた植物たちの葉が、一瞬で硬直する。


 兵たちの背後から静かに歩み寄ってきた男の顔を見上げた瞬間、ワトの心臓が跳ねた。


(――え?)


 記憶は砂のように零れ落ち、名前も思い出せないはずなのに。

 砂漠の陽光を浴びて立つその男の輪郭、理知的でいてどこか憂いを含んだ瞳。

 それは、夢の淵で自分を呼んでいた、あの「誰か」の姿そのものだった。


 古代の意匠を凝らした黄金の装飾や、豪奢な装飾品を纏っていても、その本質は変わらない。

 この熱砂の地にはおよそ似つかわしくない、しなやかで涼やかな――そう、水辺に佇むような静寂を纏っていた。


 荒れ狂う砂漠の中に、一点だけ「秩序」が打ち込まれたかのような、絶対的な存在感。

 歩くたび、細い鎖の触れ合う「チリン」という音が、汚れのない鐘のように響く。


「……静まりなさい。貴殿たちの嘆きは、十分に聞き届けられました」


 その言葉は、ワトに向けられたのか、それとも植物に向けられたのか。

 狂ったように舞っていた砂が地に落ち、蔓草はまるで魔法が解けたように、静かにワトの側に伏した。


(……この人。この人の周りだけ、空気が澄んでいる)


 ――『この人……木だ』

 ――『深くて、冷たくて、透き通った……大きな水の側の、木』


 周りの草たちが早口で捲し立てる。


 柳の枝が風に揺れるような、しなやかさと強靭さ。

 ワトの胸の奥で、記憶ではないはずの「懐かしさ」が、鋭い痛みとなって弾けた。


 気づくと、男が膝をつき、真っ直ぐにワトを見据えていた。


 冷たいほど澄んだ瞳。

 けれど、その奥に――不思議な静けさと慈しみがある。


「失礼しました、ワト殿」


 彼は、そう言って、兵士からワトを解放し、服の砂を払ってくれた。

 そして静かに頭を下げた。


「私はイアナ・ヌブ。王宮の務めとして、ここへ来ました」


 使者が、慌てて膝をつき、男に頭を深く下げた。


「し、失礼いたしました!」


 イアナ・ヌブは、視線を動かさない。


「連行ではありません」

 

 低く、しかし明確に告げる。


「これは――依頼です」


 そして、静かに言った。


「その力……いえ、貴方を必要としているのです」


 ワトの胸の奥で、何かが、はっきりと音を立てた。

 この出会いが、逃れられない運命の入口であることを――植物たちは、もう知っていた。

次回来週金曜日公開!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。