第四話 黄金の使者
その日、村に異質な音が響いた。
金属が、砂を踏む音。
規則正しく、迷いがない。
旅人や商人の足取りではなかった。
――『来た』
小屋の外で、草が一斉に囁く。
ワトが顔を上げたときには、すでに村の中央に、数人の男たちが立っていた。
金色の装飾を施した胸当て。
王宮の紋章。
槍を携えた護衛。
村人たちは、息を潜める。
使者はまず、村長の家へ向かった。
それだけで、この訪問が「正式」であることが伝わってくる。
*
村長の家の中。
土壁に囲まれた簡素な広間で、使者は告げた。
「王宮より参った。高官イアナ・ヌブ様の名において、癒やし手ワトを訪ねたい」
村長は、背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
「ワトは、我が村の薬師でございます」
「それは承知している」
使者は冷ややかに言った。
「植物と話す異能。王都まで噂は届いている」
村長の喉が鳴る。
「……呼び出し、でしょうか」
「……まだ、だ」
しかしその声には、拒否の余地は含まれていなかった。
*
使者たちが村長を伴い、ワトの小屋へ向かった。
その道すがら、村人たちの視線が、痛いほど集まる。
――『嫌な感じ』
――『近づきたくない』
草も、低木も、ざわついていた。
小屋の前に立った瞬間、植物たちの反応が変わる。
葉が逆立ち、
蔓が地を這い、
根が、きしむ音を立てた。
――『危険』
――『金の匂い』
使者のひとりが、眉をひそめる。
「……噂以上だな」
ワトは、小屋の前に静かに立っていた。
「何のご用件ですか」
使者は一歩、踏み出す。
「王都へ来ていただく。今すぐだ」
「理由を」
「必要ない」
言葉は丁寧だが、完全に命令だった。
護衛の手が、槍にかかる。
その瞬間だった。
――『やめろ!』
――『連れて行くな!』
植物たちの声が、重なった。
風が巻き、
砂が舞い、
小屋の周囲の草木が、一斉に揺れ動く。
蔓が地面から浮き、草が、使者たちの足元を叩いた。
「なっ……!」
「やはり危険だ!」
使者の声が、鋭くなる。
「見ろ! この異能、制御されていない!」
村人たちが、悲鳴を上げ、逃げていく。
ワトは、思わず叫んだ。
「やめろ!」
――『ワトを、守りたいだけ』
「わかってる……!」
必死に抑えようとするが、植物たちは、言うことを聞かない。
恐怖と不安が、声を暴走させていた。
「だから言ったのだ!」
使者は吐き捨てる。
「半ば強制でも、連行すべきだと!」
ワトは兵士に捕らえられ、地に伏した。
そのとき――。
「そこまでです」
乾いた空気を、冷たく研ぎ澄まされた刃のような声が切り裂いた。
逆立っていた植物たちの葉が、一瞬で硬直する。
兵たちの背後から静かに歩み寄ってきた男の顔を見上げた瞬間、ワトの心臓が跳ねた。
(――え?)
記憶は砂のように零れ落ち、名前も思い出せないはずなのに。
砂漠の陽光を浴びて立つその男の輪郭、理知的でいてどこか憂いを含んだ瞳。
それは、夢の淵で自分を呼んでいた、あの「誰か」の姿そのものだった。
古代の意匠を凝らした黄金の装飾や、豪奢な装飾品を纏っていても、その本質は変わらない。
この熱砂の地にはおよそ似つかわしくない、しなやかで涼やかな――そう、水辺に佇むような静寂を纏っていた。
荒れ狂う砂漠の中に、一点だけ「秩序」が打ち込まれたかのような、絶対的な存在感。
歩くたび、細い鎖の触れ合う「チリン」という音が、汚れのない鐘のように響く。
「……静まりなさい。貴殿たちの嘆きは、十分に聞き届けられました」
その言葉は、ワトに向けられたのか、それとも植物に向けられたのか。
狂ったように舞っていた砂が地に落ち、蔓草はまるで魔法が解けたように、静かにワトの側に伏した。
(……この人。この人の周りだけ、空気が澄んでいる)
――『この人……木だ』
――『深くて、冷たくて、透き通った……大きな水の側の、木』
周りの草たちが早口で捲し立てる。
柳の枝が風に揺れるような、しなやかさと強靭さ。
ワトの胸の奥で、記憶ではないはずの「懐かしさ」が、鋭い痛みとなって弾けた。
気づくと、男が膝をつき、真っ直ぐにワトを見据えていた。
冷たいほど澄んだ瞳。
けれど、その奥に――不思議な静けさと慈しみがある。
「失礼しました、ワト殿」
彼は、そう言って、兵士からワトを解放し、服の砂を払ってくれた。
そして静かに頭を下げた。
「私はイアナ・ヌブ。王宮の務めとして、ここへ来ました」
使者が、慌てて膝をつき、男に頭を深く下げた。
「し、失礼いたしました!」
イアナ・ヌブは、視線を動かさない。
「連行ではありません」
低く、しかし明確に告げる。
「これは――依頼です」
そして、静かに言った。
「その力……いえ、貴方を必要としているのです」
ワトの胸の奥で、何かが、はっきりと音を立てた。
この出会いが、逃れられない運命の入口であることを――植物たちは、もう知っていた。
次回来週金曜日公開!




