間話3 未来を耕す手
今回のお話は、間話です。
ちょっと時間を巻き戻して、交流会中の出来事になります。
交流会の休憩中、外の空気を吸いに出たときだった。
「先輩、この近くにナラの古木があるって、水鏡さんから聞いたんです。なんでも『知恵の授かり木』とか『縁を結ぶ木』って呼ばれているらしくて……」
渉は紙コップを持ったまま、颯汰を見ると、少し俯いていた。どうやら本心は別にあるらしいことが分かる。
「……行きたいのか?」
「えっ! そういうつもりじゃ――」
両手を前に出して、違うというジェスチャーを見せるが、颯汰の顔は嘘をつけない。本気で行きたいらしい。
「まだ次の講義まで時間あるぞ。今後のことが心配なんだろ?」
颯汰は実家の桃園を継ぐことと、大学院への進学を決めた。両立させるのは並大抵の努力では無理だと渉も知っている。だから不安だということも。
「……その、決心したはずなのに、ちゃんと務まるのかって考えると、怖くなって……」
短く頷く。
するとタイミング良く、瑠奈が渉たちの元へとやってきた。
「えっ、これからあのナラの古木へ行くんですか? 私も行きたいです!」
颯汰は慌てたように「い、いや、そんなつもりじゃ」と繰り返したが、もう誰も聞いていなかった。
「行こう!」
渉の肩に座るフィギュア姿のフウが、ぴょんぴょんと肩を叩きながら叫んだ。
「お前は話を聞いてたのか……」
「聞いてたよ! ナラの古木でしょ? 精霊界でも話を聞いたことある!」
こうして、三人と一柱(?)はナラの古木の元へと足を運ぶことになった。
*
細い山道を抜けると、不意に視界がひらけた。
そこにあったのは、大きく枝を広げたナラの古木。幹は何百年もの時を刻んだかのように太く、苔むした根が地面を這っている。
「わあ……すごい」
瑠奈が思わず声を漏らした。
だが——。
「……なんか、元気なさそうですね」
颯汰が首をかしげた。確かに、葉の色が所々くすんでいる。枝の先がしおれているものもあった。
その瞬間だった。
渉の胸の奥に、何かがぐっと触れる感覚があった。
『……たすけて……』
小さく、かすれるような波動。まるで遠くから届く声のように、ぼんやりとしているのに確かに聞こえた。
「……木が、呼んでる」
渉は古木にそっと手を当てた。
『くるしい……でも……まだ、ここにいたい……』
渉は深く息をついた。
「この木、かなり弱ってる。根に何か問題があるはずだ」
「根、ですか」
瑠奈がしゃがみ込んで根元をのぞき込んだ。
「確かに……土が固くなってますね。これって、水分が届きにくくなってる感じですか?」
「そう。このままだと、じわじわと弱っていく」
「根の周りの土をほぐせば、水の通りが良くなるんじゃないですか?」
瑠奈の言葉に、颯汰がぱっと立ち上がった。
「それ、俺やります!」
迷いなく立ち上がった颯汰は、周囲を見渡すと手頃な平たい石と、折れた頑丈な枝を拾い上げた。
「……俺も手伝う」
渉もまた、颯汰の隣にしゃがみ込む。
「えっ、先輩、手が汚れますよ!」
「見てるだけなのも落ち着かない。それに、木の『声』を聴きながらやったほうが、正確に場所がわかるだろ」
渉はそう言うと、古木の幹に片手を添え、もう片方の手で落ちていた枝を握った。
「……ここだ。少し奥が詰まってる」
「分かりました。そこ、石で少しずつ崩します」
二人は呼吸を合わせ、丁寧に、根を傷つけないよう土をほぐしていく。硬くなった表層を石で削り、枝で隙間を作り、最後は指先で優しく土を寄せる。その連携は、まるで以前からそうしてきたかのようにスムーズだった。
「……颯汰、上手いな」
「農家の息子ですから。……でも、先輩が場所を教えてくれるから、迷わなくて済みます」
渉の言葉に、颯汰は少し照れたように笑った。
瑠奈はスマホで手早く調べながら、「ナラって乾燥に弱いんですね。土をほぐすだけでもかなり違うみたいですよ」と言った。
フウは古木の幹に両手を当て、柔らかな精気をゆっくりと流し込んでいた。
「大丈夫。ちゃんと届いてるよ」
渉は木に手を当てたまま、波動が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。
(……あたたかい……)
颯汰が土をほぐし終え、「どうですか?」と渉を見た。
「……うん。さっきより声が穏やかになった」
瑠奈が「声……」と小さく呟き、古木をじっと見つめた。その瞳に、純粋な好奇心が宿っていた。
「ふぅ……これで大丈夫だと思う」
渉の言葉に、みんながほっと息をつく。
颯汰はぐでっと地面に座り込み、土で汚れた手を見つめた。
「……俺、農業は好きなんだよな。植物が育つの見てると、なんか落ち着くし」
「だから桃園を継ぐんだろ」
「うん。でも……ちゃんとできるか、やっぱり不安で」
渉は颯汰の隣に腰を下ろした。
「この木も、弱りながらも諦めなかった。助けを求める声が、ちゃんと届いた」
颯汰は少し驚いたように渉を見て、それから小さく笑った。
「……先輩、たまにいいこと言いますね」
「たまにか」
「いつもです」
フウがくすくすと笑い、瑠奈も思わず吹き出した。
古木は静かに枝を揺らした。風もないのに。まるで、ありがとうと言うように。
しばらく、誰も何も言わなかった。颯汰はまだ土で汚れた手のまま、満足そうに空を見上げている。瑠奈は古木をスケッチでもするように、じっと眺めていた。フウは渉の肩に戻り、小さな声で「よかったね」とだけ言った。
「ああ」と渉は答えた。古木のことなのか、颯汰のことなのか、自分でもよくわからなかった。
そして一同は、山道を戻り始めた。
間話3 了
次週は、いよいよ新章へ!
「第六章 砂漠の記憶」をお送りいたします。
集音路渉の前世、そこで出会うのは……。
来週金曜日公開!どうぞお楽しみに。




