第十二話 捜索
今回のエピソードは、金の精霊である金城光一視点です。
古都大学での騒動と同時刻に
部下の結奈を連れて、何かを探している最中……
◆金城光一視点◆
植物庁の旧第二保管庫――。
職員すら滅多に近づかない、忘れ去られた廃倉庫群。その奥に足を踏み入れた瞬間、肌に触れる空気が変わった。湿り、澱み、光を拒む。
(……ああ、ここは良い。落ち着く)
腐りかけた木箱や古い薬品の、死を予感させる香り。金城にとっては、これこそが「肥沃」な環境だ。
「……おい、もっと明かりを近づけろ」
「はい、金城様」
朝霧結奈は淀みない動きでポータブルライトを掲げた。精霊の血を微かに引きながら、気配を完全に殺している。その「空っぽ」な従順さが、金城には扱いやすかった。
目的は、旧保養地跡で掘り出されたあの木箱――「記憶樹種」を数百年封じていたはずの遺物だ。
「本当にここに『あれ』があるのか?」
「はい。植物庁内に潜り込ませた駒からの情報です。間違いありません」
結奈が棚を一つずつ確認していく金属音が、静寂を深く削っていく。
金城が棚に指先を滑らせた、その時だった。
「……っ!?」
左手の甲に、焼け付くような劇痛が走る。
皮膚がどす黒く裂け、そこから金色の粉――「幻毒合金」の残骸が零れ落ちた。
「金城様!? その手……!」
「触るな!」
反射的に手を払いのける。結奈は肩を震わせ、言葉を飲み込んだ。
(……ありえん。なぜ俺の毒が、主である俺自身に牙を剥く?)
幻毒合金は誰にも取り除くことはできない。ただ一人、あの「王」を除いては。
不意に、倉庫全体の影が粘り気を持つように濃くなった。
「君が得意とする毒金も、無駄に終わったようだね、コーイチ」
背後の闇がうねり、脳をざらつかせるような輪郭――闇の精霊オムブルが姿を現す。
「……来たか、オムブル。毒金じゃない、幻毒合金だ」
「まぁ、どちらでも同じことさ。それにその痛みは、君への「警告」だよ」
「警告だと? 誰が俺に」
「王だよ。君の毒に触れた者が、それを「浄化」した。雪幻桃は輝きを取り戻したよ。……完全なる敗北だね、君の」
痛みが沸点を越え、金城の視界が白く爆ぜる。
「敗北……? 笑わせるな、王は封印され、この世に存在しないはずだ」
「存在しない……か。確かにそうだね。だが、「王の欠片」が存在するとしたら?」
「……欠片? 精霊界の都市伝説を信じろと言うのか」
オムブルの紅い双眼が、愉悦に細められる。
「名は、集音路渉。精霊の血など一滴も混じっていない、ただの人間だ」
「集音路……渉……」
あの農園にいた、冴えない青年。気配すら感じなかったあの男が。
「彼は無意識に王の波動を放った。代償として記憶の幾ばくかを落としたようだが……器が未熟ゆえに、その波動は鋭すぎる」
「……なるほど。だから浄化の余波が、毒の主である俺に逆流したのか」
金城の口の端が吊り上がる。その間にも、左手の腐食は止まらない。金粉がこぼれ落ちていく。
「王の波動は毒を殺し、毒の主をも容赦なく「浄化」する。……その手、もう使い物にならないよ」
「分かっている。だが、俺自身の霊素が浄化されるなど――」
言いかけた瞬間、黒い影が閃いた。
音もなく、オムブルの腕が金城の左手首を断ち切る。
ゴトリ、と乾いた音を立てて左手が床に転がった。
「ひっ……あ、ああ……!」
結奈が短く悲鳴を上げる。だが金城は、眉一つ動かさずに断面を見つめた。
「痛いかい?」
「ふん……久しぶりだ、こういう刺激は」
断面から黒い霧が噴き出し、焼け焦げた影が肉を編み直していく。骨が組み上がり、筋が戻る。数秒で復元された左手を、金城は軽く握りしめた。
「金城様! ありました!」
結奈の声がこだまする。埃まみれの棚の奥、古い木箱が鎮座していた。
だが、蓋を開けた金城の顔に、冷ややかな怒りが宿る。
「……空か。駒どもは、本当に使い物にならん」
「ククッ、問題は中身じゃない。外側の「封印」だよ、コーイチ」
オムブルの指摘に、金城は箱の縁に刻まれた忌まわしい呪文をなぞる。
「……微細な改変の跡。封印がずらされている。だから古種の精霊は、ここをすり抜けられたのか」
「ご名答。「記憶樹種」は土に植えられれば動けないが、あのフウという個体は「枝分け身」を使ったようだね」
「枝分け身……本体から意識を飛ばし、別の器へ宿る術か」
「そう。君が探している「本体」は、別の場所にある。――柳研究室だ」
金城はわずかに眉をひそめた。
「柳、か。あの老いぼれ……厄介なところに根を張ってくれたな」
オムブルの冷たい声が、廃倉庫の影を震わせる。
「どれほど足掻いても、鍵を開くのは君じゃない。「王の欠片」を持つ青年と、「記憶樹種」の本体――その二つを揃えた者が、すべてを手にする」
「……面白い。すべて同じ場所にあるじゃないか」
金城が再生したばかりの左手を木箱の蓋にかざすと、掌からどす黒い輝きを放つ金の粒子が溢れ出した。粒子は生き物のように木材の繊維へ潜り込み、次の瞬間、内側から細胞を破壊するように木箱を激しく破砕した。
バキィィィッ!!!
乾いた音を立てて、空の木箱が粉々の木片へと成り果てる。
「次の狩り場は決まったな。柳の研究室、そして集音路渉……。まとめて喰らってやる」
その瞳の奥には、どず黒い欲望がぎらついていた。
次回は、いよいよこの章の最終エピソードとエピローグを同時公開いたします!
どうぞお楽しみに。
公開は、来週金曜日!




