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集音路渉 花守り日誌【毎金更新中】  作者: つきや
第五章 古都紅葉

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第十話 願いと神核接合

 雪幻桃の崩壊音は止まったままだった。研究室にいる誰もが俯き、沈黙だけが重くのしかかる。

 渉は震える足を押さえつけるように立ち上がった。なぜか視界が白くぼやける。それでも、シールドの向こうにある絶望を見つめた。


「渉? ちょっと、危ないよ……!」

 

 フウが袖を掴んだが、渉はゆっくり首を振った。

 

「……呼んでる……まだ……助けを……」


 その声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 シールドのロックに手を伸ばした瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いた。


「先輩!!」

 

 颯汰の叫びが遠く聞こえる。

 

「待て、渉くん! 開けたらあきまへん! 危険すぎる!」

 

 教授の制止の手を、渉は無意識に振り払った。今の自分には、あの微かな『たすけて』という残響しか届いていない。


 ガチャリと、高密度シールドが開いた。

 雪幻桃の枝は、もはや粉雪のように、触れただけで崩れ去りそうなほど乾ききっている。


『死なないで……。俺……まだ……何も返せてない。お願いだよ……雪幻桃』

 

 胸の奥から、颯汰の祈りと自分の願いが混ざり合い、熱い奔流となって溢れ出す。


「……お願いだ……!」


 手のひらの「桜のアザ」が、脈動に合わせて熱を帯びる。

 

(君と一緒なら……)

 

 ほんの一瞬だけ微笑み、渉は震える手で、その死にゆく枝に触れた。


 瞬間――世界が、白く染まった。


 音も、重力も、痛みも消えた。

 ただ、圧倒的な光の波動が、渉の中心を突き破って開花していく。

 白銀の波動が雪幻桃へ流れ込み、幻毒合金は悲鳴のような金属音を立てて分解され、霧散した。

 侵食されていた神核が再び力強く脈打ち、雪幻桃の命が、猛烈な勢いで逆流していく。


 白い世界の中で、渉はたったひとり、漂っていた。


 ――記憶が、剥がれていく。

 雪幻桃の声も、千年桜の笑顔も。

 そして、誰よりも大切だったはずの、あの人の名前が。


「……え……誰……だっけ……」

 

 喉元まで出かかっているのに、形が思い出せない。

 

『や……だ……待って……やだ……!』

 

 涙が零れ、白い霧に飲まれていく。


「……颯……た……? さ……う……?」

 

 正しい音が掴めない。呼ぼうとするほど、心に巨大な空白が広がっていく。


 **


 ◆楓視点◆


 まさに、神話の再臨とも呼べる光景だった。

 

「……なんだ、この波動……っ!」


 研究室全体が白銀の光に満たされ、凄まじい霊素の旋風が吹き荒れる。

 

「な……に……これ……!?」

 

 水鏡の悲鳴に近い声。寺角教授も腰を抜かしたように立ち尽くしている。

 楓は壁に背を預け、後ずさった。全身の産毛が逆立つほどの威圧感。

 

「嘘だ……ありえない……! これは……まぎれもない『王』の……!」


 叫びかけ、言葉を飲み込む。

 

(渉……お前、本当に……)

 

 それは、失われたはずの頂点の力。楓ですら届かなかった領域の輝き。

 誰も、渉を止める術を持たなかった。


 **


 ◆颯汰視点◆


「渉先輩!!!!!」


 必死で叫ぶと、光の中にいた先輩がゆっくりと振り返った。

 一瞬、微笑んだように見えた。けれど次の瞬間、その体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「先輩!!」

 

 スローモーションのような視界の中で、颯汰はがむしゃらに腕を伸ばした。

 衝撃と共に、先輩の重さを腕に感じる。抱き留めたその体は、ひどく冷たかった。


「先輩!! 渉先輩!! 戻ってこいってば!!」

 

 震える腕で、その細い体を抱きしめる。隣ではフウが泣きながら、先輩の手を握りしめていた。

 

「渉……渉……! やだ、やだ……!」


 だが、先輩は焦点の合わない目で、颯汰とフウを見比べた。

 その唇が、見たこともないような怯えの色を浮かべて、震える。


「……ごめ……ん……。名前が……でてこない……っ」


 颯汰の胸が、鋭い刃で刺されたように痛んだ。

 

「そんなのどうでもいい!! 無事なら……それでいいから……!」

 

 フウも声を枯らして叫ぶ。


「渉が……渉でいてくれるだけで……いいんだ……!!」


 その絶叫が届いたのか、先輩の手がかすかに動き、二人の指先に触れた。

 その瞬間、カプセルの中の雪幻桃に、かつてないほど清らかな白銀の光が灯った。

次回は、「第十一話 搬送」をお送りいたします。

更新は来週金曜日。

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