強者の証と弱者の証―7
いくつもの目を惹きつける様々な店舗を流し見つつ、俺たち三人は人だかりの多いフードコートで一服した。隅っこの席で細々とコーヒーを飲んだが、ガヤガヤする人の密集した空間は正直居心地が悪かった。白崎はそんな場所でもいつものスタイルを崩さず背筋をピンと伸ばし、黄地はどうも落ち着かない様子でアイスティーを啜っていた。
「うっぷ。へへへ、ううっ」
辺りを見回しては気持ち悪そうにえづく黄地。完全に人酔いしている。
「大丈夫かお前? 今日は帰った方がいいんじゃないか?」
「い、いえっ。大丈夫です! んっんっんっ――」
黄地はアイスティーを一気に飲み干す。隣を見ると白崎も黄地を真似して頼んだ同じアイスティーを空にしていた。
「ぷはぁ。そろそろ行きましょうか。こんなにゆっくりしていては時間が無くなってしまいますよ!」
お前が初っ端お茶しましょうなんて言うからだろうが……。
俺も残り少なくなった自分のコーヒーを飲み干し、コップを片付けようと席を立った。
コップを店に戻し、自由に動き回る人混みの中を三人で移動している——突如知らない声が聞こえてきたのはそんな時だった。
「え? あれさ、欠陥の奴らじゃねぇの?」
いかにも世俗に塗れて軽さの際立った声が、喧騒に紛れながらも俺の耳まで届いた。声の方を向くと、男子三人、女子二人のグループがいた。その内の金髪の男が俺を指さして下卑た笑いを見せてくる。
「黒屋星治じゃん! お前なんでこんなとこに女子二人といんの? そんなキャラなん? ぎゃははは! だっせ!」
「おいやめとけって。こいつに関わんねぇ方がいい」
俺よりも頭一つ分高く、シャツがパンパンに膨れ上がるほど筋骨隆々の大男が金髪の行動を制止しようとしていた。
「なに縮こまってんだよ? こんなだっっっせぇ黒屋を拝めてるんだぜ? もっとイジっといて損しねえっつうの」
俺の名を呼んだ金髪にガンを飛ばす。
この展開は少なからず予感していた。俺たちの通う高校はこの近辺では一番近い場所にある。普通科に多くの生徒が通っているためこうしたレジャー施設に同級生が出没する事は珍しくもない。そして特進科にいる俺たちは少人数、さらには奇行の目立つ人間として悪目立ちする。黄地に連れられるがままに来てみたはいいものの、そういう悪条件もあってショッピングモールなんかは特に立ち寄りたい場所ではなかった。
もちろん俺はこの突っかかってきている金髪もシャツがパンパンな男も……どっかで会ったか? まあ全く知らない。ただ、荒れていた経緯もあってこうして悪意を向けてくる存在には少なからず身に覚えがあった。
「えーっとぉ、そっちはぁ、白崎と黄地……だったっけ? 欠陥クラスの?」
女子の一人に目を向けられた黄地は慌てふためいた。
「あはは、あ、はいっ! そうですが……黒屋くんのお知り合いでしょうか?」
「いい。構うな黄地。行くぞ」
こういう連中は無視するに限る。それに白崎や黄地とは対極的な生き方をする人種だ。ろくな目に合わない。
無視を決め込んで金髪に背を向け、その場から立ち去ろうとする。
「つまんなさ過ぎてだっせ! ねぇねぇ君ぃ。なんであんなだっせぇ奴といんの?」
白崎は俺に引っ付いている。黄地は呆気に取られ金髪に腕を握られていた。男に腕を引き寄せられ、顔を近づけさせられる。
「はひっ! ちょ、ちょっと……」
「あれれぇ? 君っていつもキモイ笑顔してると思ってたけど、顔はださくないねぇ。むしろ近くで見たら結構整ってんじゃんよぉ。なるほどなぁ。黒屋星治……実は欠陥クラスに入って女どもを貪る魂胆だったのかぁ? マジだせぇな!」
「ちっ……おい、やめろ!」
狂ったような笑い声を上げる金髪の男に手を伸ばす。すると男は黄地の腕を掴んだまま無理矢理俺から離そうと引き寄せた。後ろの連中は金髪の暴挙を呆れた目で観戦していた。
「こっわ。おら、こっちこいよ」
「いぃいったたたた。ちょっとっ、離してくださいって!」
流石の黄地の表情にも笑顔はなく、必死に金髪から離れようとしていた。引き寄せようとする金髪と抵抗する黄地。均衡するその引っ張り合いでわかったが、金髪の筋力は黄地と同程度だった。
こんな人の多いとこで……俺にはこいつの方が異常者にしか見えないな。
いい加減にやめさせようと、金髪の腕を掴もうとした時だった。
――ビリリッ。
何かが破ける音と共に二人は互いに勢いよく離れ、俺の伸ばした手は空を掴んだ。
「あいたっ!」
「いって! ちっクソがっ!」
金髪は尻餅をつき、黄地は勢いよく仰向けで地面に倒れ込んだ。その二人にフードコートを行き交う人々の視線が自然と集まった。
そして黄地に集中していた視線が、異様なものを見る目へと変わっていく。
――え? あれってもしかして……。
――あれヤバくない? あたし初めて見たかも。
――ヤバいヤバい! あれってヤバいやつじゃん! めっちゃ痛そう……。
なんだ? こいつら何を見てそんなに怯えてやがるんだ? 黄地がどうかしたのか?
仰向けで倒れ込んだ黄地は両手を大きく伸ばしていた。そしてその右腕——黄地の着ていた長袖のシャツが、肘から手首にかけて裂けていた。
大きな裂け目から見えた黄地の腕。
「――っ! 黄地……おまえ」
俺の目にも、赤く腫れあがったおびただしい程のひっかき傷が見えた。それだけじゃなく、手首の辺りには直線的な古傷がいくつか交差していた。
「え? あ……あぁっ!」
自分に視線が注がれている事に気が付き、黄地は自分の右腕を隠そうと体の中に抱き込んだ。いくつもの視線に晒される中、座り込んだまま身体を亀のように丸め、長い黒髪が地面へとばらけている。
そして黄地はある言葉を呪文のように唱え始めた。
「笑わなくちゃ……笑わなくちゃ笑わなくちゃ笑わなくちゃ笑わなくちゃ笑わなくちゃ……」
まるで壊れたおもちゃのように、低くくぐもった声で何度も同じ言葉を繰り返す。黄地にとって多くの傷跡が残る腕を見られたショックはかなり大きかったみたいだ。
まずい状況だ……黄地を早くここから移動させないと。
しかし、逸る心とは裏腹に、脳は何と声を掛ければいいのか答えを導き出せない。
広がりゆくどよめき。小さかった人だかりの数が増していく。誰もが普遍的な日常に紛れ込んだ非日常に目をつけ、うずくまる黄地が異常者であるのだと言うレッテルを自分勝手に貼っていく。
こうして見下ろす事しかできない俺も、その一人なのか……。
「うわ、キモ。やっぱやべぇなおまえ。だせぇどころかキメェわ」
さっきまで絡んできていた金髪は黄地にそう吐き捨てて、気味悪がっていた仲間たちと共にどこかへと消えて行った。
とりあえず黄地をどこかへ……。
この場から連れ出そうと、黄地に近寄ろうとした時だった。
フワリ――。
小さな白いブラウスが黄地の上で浮かび、重力で沈んでいく。
「笑わなくちゃ笑わなくちゃ笑わなく――え?」
自分がブラウスに覆われている事に気付いたのか、黄地は視線を上へと上げた。
白崎が、黄地に笑いかけていた。
「大丈夫だよ。今は私の方が変な格好だから」
白崎は自分の着ていた制服のブラウスを脱ぎ、それを黄地の身体へとかけた。白崎は……あれはキャミソールというやつか? とりあえず下着姿だった。
――え? 何してんの! なんで脱いでんの!?
――こっちの奴もヤベェって。こいつら大丈夫かよ?
――あいつら欠陥クラスじゃん。やっぱ頭おかしーんだな。
今度は上半身薄緑のキャミソール姿の白崎に視線が集まっていた。しかし、そんないくつもの視線の存在を否定するかのような笑顔は、間違いなく黄地に向けられていた。
「それを腕に巻いて、行こう?」
「は、はい……」
白崎の笑顔に見惚れたまま、黄地は差し出された小さな手を握り返し、立ち上がった。
立ち上がった二人を見たまま呆然としてしまっていたが、なんとか我に返り自分のなすべき事を考えた。
俺は自分の着ていた赤いポロシャツを脱いで中に着ていた黒シャツ一枚になる。脱いだポロシャツを白崎へと投げつけた。
「ったく、それ着とけよ。流石にそれで歩いたら捕まりかねんぞ」
「うん。ありがとう」
白崎は黄地の手をいったん離し、俺の渡したポロシャツを着て再度黄地と手を繋ぎ、歩いてこの場を立ち去ろうとする。黄地はその間もずっと白崎の顔を見つめたまま口を半開きにしていた。
「おら邪魔だ! 見せもんじゃねぇんだぞ! 道を開けやがれ!」
俺の声によって人垣のように開かれた道を、右腕にブラウスを巻きつけた黄地と赤いポロシャツ姿の白崎が歩いて通り抜けていく。俺は二人の後ろに着き、三人でその場を離れた。
残されたどよめきは、立ち去ろうとする俺の耳からなかなか消えないでいる。




