第二十二話 転機
森の中で、意外な存在と出会ってしまいます。ですが、仲間とかそんな展開はありません。
「アズマさん、来ます」
フランカがふと足を止めてそう言った。ピノもいつもの笑顔を完全に引っ込め、いつの間にか研ぎ澄まされた刃のような気を発している。もちろん、急速に立ちこめる脅威の匂いは、ぼくにも伝わってきた。ぼくは、立ちすくんでいるコンスタンスを背にする位置に移動して、気配に対峙した。
森の奥、少し先からなにかが近づいてくる。ガサガサという音がわずかずつ大きくなってくる。近づいてくる気配からは、身体的な大きさは感じない。ぼくたちと同じくらいか、むしろ小さいぐらいに感じる。だが、さほど大きくないはずのこの相手から伝わってくるこの威圧感はなんだ?
すぐ目の前の茂みがガサついた。そして次の瞬間、威圧感の元凶がゆっくりと姿をあらわした。その姿は…………
ゴブリンだった。もちろん、ぼくの世界でのゴブリンは想像の世界の生き物だし、その姿もさまざまだ。だが、目の前の相手は、ゴブリンと表現する以外になかった。持っている盾と剣もボロボロで、そのあたりもゴブリンっぽい。
「こ、こんな雑魚っぽいヤツが、どうしてこんな威圧感を……」
「確信はありませんが、アレは百年ほど前にここにたどりついた勇者一行のなかで、負傷を負って他のものからはぐれた騎士ではないかと思います」
メチャクチャ強者だった! しかも人間!
「あ、あれが人間? いかにも魔物っぽいんですけど!?」
「この森の中は、魔素の濃淡が場所によってくるくると変わります。しかも、不純物の多い魔素が淀んでいる場所があるのです。そこで長い時間を過ごした結果、徐々に異形のものになっていった生物の例は少なくありません。魔族であっても場合によっては影響を受けますから、人間があのように変化することもあるでしょう」
「人間はふつう百年は生きないし、生きたとしてもあんなに元気じゃないと思うんですけど?」
ぼくの世界でも、百歳を超えてあの威圧感というのは、創作物の中にしか存在しないだろう。そして、医学や健康術がこちらの方が発達しているとは考えにくい。
「人間を実際にここに置いて研究したことはないので、確かなことは言えませんが、姿が変わるというのは、身体を構成するもの自体が変化するということなのではないかと」
あれがもともと人間だったなら、魔族と人間が同じ存在だった可能性もある。そんな考えが頭をよぎった。だが、ぼくはその考えを頭から消し去る。そうかもしれないし、そうでないかもしれないが、それを追究するのはぼくの役目ではない。
「ちなみにその勇者一行は?」
「ダーマト様が返り討ちになさいました。」
ありゃま。すると、あれが唯一の生き残りなわけだ。良かったのか悪かったのか、微妙なところだ。
だが……これは使えるか?
「コンスタンス、あれ人間だってさ。助けを求めてみたら? もし、彼が人間としてきみを守るというんだったら、きみを彼に引き渡してもいい。もちろん、きみにぼくがかけている制約は解除してあげるよ。もちろん、このままだとぼくらは彼と戦うことになりそうだから、そのあとどうなるかは知らないけどね」
ぼくは淡々と、できるだけ感情を混ぜない言いかたでコンスタンスにそう告げた。見たところ、言葉が通じる雰囲気はないが、高位の聖職者様なら何とかしちゃうかもしれないしね!
「ふ、ふざけないでください! あのようなものに助けなど……!」
「冷たいなぁ。あれは人間らしいよ? しかも、勇者一行、ってことは、きみのお祖父さんとか曾祖父さんとかが送り出したんじゃないの? むしろ、この場面では積極的に彼を支援すべきなんじゃないの?」
「そうだとしても、言葉も通じそうにないあのものに、どうやって助けを求めるというのですか!?」
「それはきみが考えることで、ぼくの問題じゃないよ。それとも、ぼくを含めた魔族一行と一緒に、人間を倒してここから逃れるかい? ここ大事なところだからもう一度言うよ? 魔族と一緒に人間を倒す?」
「それは……」
「アズマさん!」
ピノが叫んだ。見ると、もと勇者の仲間が剣を振りかざしてまっすぐこちらに突っこんでくる。考えてみれば、敵に違いない存在の前で、スキだらけで話していたのだから当然だ。しかも、ものすごい速さだ。ぼくはコンスタンスをかばうようにして剣をかまえ、振り下ろしてくる相手の剣を弾こうとした。
ありえないぐらいの剣圧だったが、なんとか相手をそらした。しかし、ピシッとイヤな音がしたので剣を見ると、小さくではあるがヒビが入っていた。
「な、なんであんなボロボロの剣がこんな……」
「勇者一行は、旅立ちにあたって武具を下賜されます。あらゆるものを斬り伏せるといわれる剣や、強い魔力を込められた剣などがそれにあたるのです」
「それ早く言ってよ!」
コンスタンスが知りたくなかった事実を教えてくれた。するっていうとあれか? あのもと勇者の仲間が持っているのはエクス借りバーとか駄印スレイブとか、そのたぐいのものだってこと? ぼくが持っているのは、道場に置いてあった汎用品だぞ? 武具では完敗してるし、腕だってぼくが勝っているということはなさそうだ。なんて言ったって、勇者チームの騎士だったんだからね。これは詰んでないか?
「フランカ様、アズマさんたちを連れて逃げてください。ここはわたしがなんとかします」
ピノが鋭く相手を睨みつけ、スキのないかまえをとったままそう言った。
「アズマさんの剣ではあの剣に壊されるだけです。武器を使わないわたしの方が、まだ活路を開ける可能性が高いと思います」
いつものピノからは想像もできない、厳しく甘さのない語気だった。
「ですが、それではあなたが生き残れる可能性はあまり高くありませんよ?」
フランカが尋ねた。あえて冷淡な言い方をしているようだ。それだけ、いまの状況が窮地だということで、しかもピノのことを気にかけているのだ。
「それならそれでしょうがありません。もともと、アンネロッテ様に救ってもらった命ですし、アンネロッテ様の喚ばれた勇者さまと、そのお客様を助けられるなら本望ですよ」
なんてことだ。そう言ってピノはニッコリ笑った。まるで悲壮感をまとわないその笑顔が、ぼくの胸を押しつぶしそうになる。こんな場面、小説の中にしかないと思っていたのに……。
「予備の剣はありますか?」
ふいにコンスタンスが言った。
「え? あ、あるけど、なまくらだからむこうの剣に一撃で壊されるかも」
「貸してください。わたしが聖魔法を剣に込めます。急場ですから、あまり長持ちはしませんが、この場くらいならなんとかしのげるかもしれません」
カチッと音がしたような気がした。なにかが変わるのかもしれない。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
コンスタンスには、確実に変化が訪れたようです。「ピノ凄い!」ですね。




