第十六話 三つの選択肢
会話主体の回になります。
話を翌日に持ち越したからといって、一晩明ければコンスタンスと冷静に会話ができると期待していたわけではない。会話に束縛をかけるつもりはなかったから、かみ合わない会話をさせられることは覚悟していた。だが、会話にならないということは想像していなかった。
「いますぐわたしをピルシェの街に戻しなさい」と「こんなことをしてただですむと思っているのですか?」
微妙に単語は変わるが、コンスタンスがぼくに向かって言うことはおおむねこの二つだけだった。難解な教義を理解し、他人に説明するだけの知能を持っている人間が、こちらがなにを言っても同じことをオウムのように返してくるだけ、というのは、腹立たしいを通りこして空恐ろしくなってくる。なにかひとつの理屈にとりつかれた人間というのは、こうなってしまうものなのだろうか?
「ひとつ教えてほしいんだ。コンスタンスをピルシェに戻して、ぼくたちにどういうトクがあるのかな?」
いかにぼくが、立場の弱い人間には強気になれる最低の人間だとしても、グルグル同じところを回っていると、さすがに飽きてくる。
「損とか得の問題ではありません。神の使いたるわたしはピルシェの教会にいることが神の意思です。神の僕たるもの、それに従うのが当然です」
と、こんな感じでコンスタンスはぼくの問いに答えようとしない。
「その神の僕って、ぼくたちのこと?」
「当然ではないですか」
「魔族は神の敵じゃなかったっけ? きみは同じ神の僕に討伐の軍を出そうとしてたの?」
「つとめを果たさない僕に罰をくだすのは神の意思です」
「つとめとは?」
「すべての神の僕がより心豊かに穏やかな生活を送れる世界を作り上げるために自らを捧げることです」
「魔族はその犠牲になれと? 」
「神の代理舎たる人の世の安寧を乱す原因は正さなければなりません」
まあ、こんな感じで、ここで接点がなくなるわけだ。もちろん、ぼくは彼女が言うような神が存在していないことを知っている。そして、彼女は管理者の存在を知らない。
「了解。そろそろ話は終わりにしようか」
「どういうことですの?」
「そろそろコンスタンスもわかったろ? このままなにを言っていても、自分がピルシェに戻ることはないっていることが」
「そんなバカなことを認めるわけにはいきません!」
「認めようが認めまいが、アンネロッテたちにも、彼女に召喚されたぼくにも、きみをピルシェに戻す理由はなにひとつないんだ」
「だからといって……」
「きみを拉致して連れてきたことが正しかったかと言えば、たしかに正しくはないね。だけど、ぼくたちは自分を、そしてアンネロッテを守るためにそうしたんだ。黙って討伐されるヤツなんか、どこにもいないよ」
「……」
「ぼくはコンスタンスに、三つの選択肢をあげようと思う。大盤振る舞いだよ?」
「言っていることがよくわかりませんわ」
「わかろうがわかるまいが、とにかく三つ。まず、ぼくの指示に全て従って、ここで生活する。この場合、きみの生命は保証されるし、きみのふるまい次第では、かなりの自由も手に入ると思う」
「ふざけないでください!」
「次だ。ぼくたちが神の敵で、討伐すべき存在だというのなら、まずきみがぼくたちに成敗の刃を振りかざしてみるといい。いろんな人を巻きこむ前に、まずきみが戦ってみなよ。もちろん命は保証しないけど、束縛の術式は解除してあげるよ。そして、きみが戦って死んだら、その死に様は教会に伝えてあげる。たぶん、長く教会で称えられるよ?」
「そんなこと、できるわけが……」
「最後。きみをここに連れてくるきっかけを作ったのはミステルだ。だから、ミステルに自分をピルシュに戻すよう頼んでごらん? みごと彼女を説得できたら、ぼくの責任でピルシュに連れて帰ってあげる。さあ、どれにする? ぼくの思いつきだけど、三つ目なんか、けっこうオススメじゃないかな。もちろん、ミステルが承知しなかったら、自動的に最初の選択肢になるけど、ダメモトでやってみたら?」
「それはおもしろいですね」
いきなり背後から声がかかって、ぼくは驚きで飛び上がった。振り向くと、アンネロッテが立っている。
「い、いつから聞いてたの?」
「三つの選択肢をあげようと思う、のあたりからですね。二つは想像がつきましたが、三つ目はなかなかよい発想だと思います」
「か、勝手に決めてすみませんでした」
「かまいません。もともと、いてもらってもなんの役にも立たない人です。少しは踊って見せてもらった方がいいかもしれませんね」
また、えげつないおっしゃり方を……。コンスタンスを見ると、ぼくと話しているときは目にずいぶんと困惑が浮かんでいたのだが、アンネロッテを見て、再び憎悪が顔を覗かせている。
「魔女が、えらそうになにを……」
アンネロッテも、少し不快そうに眉をしかめた。
「あなたたちになんと呼ばれようがどうでもいいのですが、その言いかただけは見過ごせませんね。なにが悲しくて、あなたたちが自分たちの邪魔になる同族を始末するために使う汚らわしい呼び名で、同族でもなんでもないわたしが使われなければならないのですか?」
「あなたなど、魔女という呼び名すらもったいないですわ!」
アンネロッテは薄く笑いを浮かべながら、視線だけをコンスタンスに突き刺した。こ、怖いよ……。ご褒美とかいってる場合じゃないよ。
「わかっていないようですね。あなたと同族であるように思われることがイヤだといっているのですよ。魔族とひとまとめにされるほうがまだマシです」
「あ、アンネロッテさん? とりあえずそのへんにしていただいてですね、話を進めたりしたいな、と……」
「おっと、そうでしたね。ミステル、どう思いますか?」
なんと、アンネロッテだけでなく、ミステルまで? ぼくの気配察知能力って、どんだけポンコツ?
それにしても、あらかじめミステルをここに連れてきていたアンネロッテのセンスはすごい。コンスタンスを見ると、彼女もミステルに気づいてなかったようで、言葉も出せず、ただ顔をこわばらせている。
「これだけアンネロッテ様を侮辱した女と、どんな話をしろというのですか?」
え? え? ミステルがぼくを睨んでるけど、なんで? 自動的に三番目の選択肢になっちゃったってこと?
「あ、あの、ミステル様、これは……」
「その汚らわしい口を開かないでください。ひとことたりとも、あなたの言葉など聞きたくありません」
おいおい、ここに彼女を連れてくる原因を作った当人が、なんか大きく出てるぞ? とはいえ、アンネロッテはすでに傍観者を決め込んでいるようだし、場を収拾するのはぼく以外にはいないようだ。
「み、ミステル、コンスタンスの説得は聞くつもりなしってことで?」
「この場の空気から、それ以外の結論が考えられるのですか?」
だから何でそんなに上から目線なんだよ! 誰のせいで苦労してると思ってんだよ!
「ミステル様、どうか……」
「では、ミステルはお父様のところに戻ってけっこうですよ。アズマ、あとはよろしくお願いします」
「よろしく、とは?」
「その女を煮るなり焼くなり好きにしなさい、ということです。ああ、訓練や戦闘では、今後は回復役をその女にしますから、うまく手綱をつけておくようにしてください」
「ちょっ、まっ……!」
アンネロッテはさっさと部屋を出て行った。うっそだろぉ……。どうしろっていうんだよ、こんなの?
呆然としつつコンスタンスを見ると、やはり彼女も呆然としていた。気持ちは、大変よくわかるよ。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
愚かさをどの程度に描くか、さじ加減は本当に難しいです。




