↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

第十五話 コンスタンス・シュトランド枢機卿

アズマと大枢機卿さまの対話の回です。対話になっているかどうかは神のみぞ知る。

「わ、わたくしの名前を知らないとおっしゃるの!?」


 やはりそうきたか。他人が自分のことを知らないことに逆上することの方が、ぼくは理解できないな。少なくともリアルでは、なるべく自分のことを知っているひとは少ない方がいいと思っちゃうんだけど。


「ついこないだまで、この世界の人間じゃなかったからね。あなたたちが呼び出す勇者だってそうでしょ? 召喚して、いきなり名前呼ばれたら、その方が驚かない?」


「屁理屈(へりくつ)はけっこうです!」


「いいから教えてよ。教えてくれたら、この先は忘れないからさ」


「名前を聞いたら、忘れないのが人として当然だと思いますわ!」


「ありゃ、勇者って人間扱いされてないんだと思ってたよ。それで? 早く早く」


 大枢機卿さまをおちょくる舌の動きもなめらかになってきた。なにせ、自分の方が有利な立場にいることがわかってるからね。ホントにイヤなヤツだね、ぼく。


 あれ? さっきアンネロッテはぼくになにを尋ねた? ぼくはいま、ささやかな自分の力を思うぞんぶんに使っている。それは、彼女がぼくに反撃してこないことを知っているからだ。


 力は、相手が力を使ってこないとわかっているときに、もっとも有効に使える。すなわち、いちばん役立つ使い方ができる、と言うことではないか?


「コンスタンス・シュトランドですわ」


「え、なに?」


「あなたがわたくしの名前をお訊きになったんでしょう!?」


「あ、ゴメンゴメン、ちょっと考えごとしてて、それどころじゃなかったんだ」


「そ、それどころって……」


「ホントごめん。で、コンチータだっけ?」


「わかって言ってますわよね? コ・ン・ス・タ・ン・スです!」


 やばい、この大枢機卿さま、じゃなくてコンスタンスさん、面白いかもしれない。イジるのがクセになりそうな気がする。それに、こうやっている限りは、年相応の女の子に見えないこともない。




「言いたいことはいろいろあるだろうけど、明日にしてとりあえず今日は寝ない? コンスタンスだって疲れてるだろ?」


 コンスタンス、と呼ばれたときに、彼女はビクッと身体をすくませた。同じ目線で名前を呼ばれたことがあまりないのだろうか?


 ぼくだってわかってるのだ。彼女は偏(かたよ)った考え方を物心つくかつかないかのころから教えこまれ、他の価値観を知らされずに純粋培養されただけの子供であり、教えこんだ価値観から外れないように、わがままは全て許容されてきたんだろう。


 どのような組織であろうと、バカでは上に立つことはできない。将来、教会のトップに立つことを期待されている彼女は、偏った知識しか持たないとしても、充分な理解力は持っているはずだ。おそらく、時間をかけて話し合えば、なにかを共有することはできると思う。


「つ、疲れていようがいまいが、このような汚らわしいところに一瞬たりとも身を置きたくありませんわ!」


 コンスタンスはかたくなな態度も、虚勢も崩さない。


 たしかに、時間をかければわかってもらえるだろう。だけど、それは当然に「時間をかけてわかってもらう」になるわけじゃない。わかってもらう必要がなければ、時間をかける意味もない。そして、いまこの城の中で彼女の存在価値は、「ぼくの役に立つかもしれない」という一点だけだ。ぼくがそれを否定すれば、彼女の価値はゼロになる。


 ぼくだけが彼女を守れる。だけど、これも当然に「ぼくが彼女を守る」にはつながらない。魔族の世界を守って、という願いを一応背負っているらしいぼくは、人間である彼女を守る理由はせいぜい「同じ人間だから」ということぐらいだ。そしてぼくは、この世界に来てからのほんの少しの時間で、魔族側からの現実をそれなりに見てしまった。今のところ「命にかえても彼女を守る」などとは思えない。




(ぼくの指示には必ず服従)


 そう心の中で念じてから、ぼくは自分に与えられているベッドを指さした。


「そこの寝台を使っていいから、その上にあがって」


「聞こえなかったんですの!? わたくしがどうしてそのような……っっ!」


 当然ながら、最後まで言葉を綴ることはできなかった。コンスタンスは、雷に打たれたように身体を硬直させ、震えはじめた。


「あァッ!……こ、このような……ヒッ……けがらわしい……あンッ!!」


 二次元のPCの世界ではよくあるシチュだが、現実に見るとしんどいだけであまり気分のよいものではない。できれば、些細なお願いごとには素直に従ってほしいな。


「話はまた明日聞くから、今日は寝てください。でないと、いつまでたってもそのままですよ? ぼくは、指示に従うようにと念じているんですから」


「し、寝台など……ど、どこにあるの……ですか?」


 コンスタンスは理解不能なことを、喘ぎ喘ぎ口にした。




「だからそこにあるじゃないですか」


 多少いらだちながら、彼女の右手にあるベッドを指さして言った。


「この狭苦しい収納に……わたしを押し込めると言うことです……か?」


 意味がわからない。でも、額に脂汗を浮かべながらも、彼女の様子が少し落ちついてきているところを見ると、あくまで拒むつもりでもないらしい。


「どういうこと?」


「そのような……使用人のイスに寝ろと? 家令の使うような……机や侍女の控え室にあるような食卓と……一緒に保管されている……不要品に……」


 依然として意味はわからない。ちなみにぼくが今いる部屋は、だいたい七~八十平米で日本なら二~三LDKだ。その広々と感じる部屋にセミダブルクラスのベッドがあり、非常に立派に感じるソファセット、そして四人でちょうどよいくらいの食卓と、いわゆる社長の机とイスがある。ぼくはこのような部屋を占有してしまう日が自分に来るとは夢にも思っていなかった。王様になった気分だったのだ。つい数十秒前までは。


「ぼくは毎晩その、きみが言う使用人のイスに寝てるんだけど?」


 コンスタンスは、首筋まで玉のような汗をかきながら、身体をヨロヨロと起こした。汗で服が身体にまとわりついていて、ちょっと視覚的にヤバい。


「もしかして、あなたはこの部屋で生活しているのですか?」


 ようやく呼吸もととのっていたらしい。新たな責め苦が襲っていないところを見ると、彼女は真剣に疑問を口にしている。


「もちろん」


「このように目的のハッキリしない部屋というものを、わたくしは初めて見ました。部屋に入ってくるものに寝台が見えているというのも信じられません。よく落ちついて眠れますね?」


「きみの寝室には、寝台以外はなにもないとか?」


「枕そばの小さな机はありますが、それだけです」


「その寝室の広さはどのくらい?」


「この部屋の二倍ほどでしょうか」


「寝室の他のスペースは?」


「すぺーす、という言葉がわかりませんが、小食堂と書斎と居間兼応接のふたつの部分があります。居間と応接は分けてもらうようにお願いしているところです」


「それらの広さは?」


「小食堂と書斎が寝室と同じくらいで、居間兼応接は三倍ほどでしょうか」


 彼女は、私的占有エリアとして六百平米からのスペースを日常的に使って生きているということだ。この部屋は、本気で収納部屋に見えていたらしい。これぞ感覚の違いである。ぼくはいま、時間をかけたとしても彼女とわかり合えるかどうか、疑わしいと思い始めた。


お読みいただき、ありがとうございます。


大枢機卿さまのお名前は、コンスタンスさんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。