第十四話 アンネロッテの心
それにしても、大枢機卿さまはこの先どうなるのでしょう?
「アンネロッテの心」なんてタイトルをつけたのに、そっちも気になってしょうがありません。
とりあえず大枢機卿さまは、ぼくがあてがわれている部屋に運びこんだ。どうも彼女に与えられる部屋はなさそうで、このままここにいてもらうことになる感じがビンビンする。次の間があるような部屋ではないので、いったいどうしたものか。ちなみにいまは着替えが届くのを待っているところで、彼女はスイカを丸出しにして横たわっている。
ノックに応えてドアを開けると、アンネロッテだった。横にはフランカが大枢機卿さまの着替えらしきものをを持って立っている。。このテの雑用は、少しでもアンネロッテと一緒にいたいミステルがやることが多いが、彼女はアンネロッテにペナルティを喰らっている。なんでも、アンネロッテの父親、現魔王のダーマト様の身のまわりの世話を一週間することになったらしい。。
なぜそれがペナルティになるかというと、ポイントはダーマト様の性格にある。とにかく男臭いのだ。じつのところ、ダーマト様は顔は強面だが悪い方ではない。ただ、とにかく漢であることに至上の価値を置いている方なのだ。アンネロッテの冷徹な美しさに心を奪われてここまで来たミステルとは、当然ながら相性がすごく悪い。気の毒ではあるが自業自得なので、頑張ってつとめてほしいものだ。
「アズマ、いい機会なので少し話をしましょう」
フランカが、持ってきた着替えのうちの一着を手際よく大枢機卿さまに着せ、残りをクロゼットにしまった。アンネロッテが彼女に退出するよう言うと、フランカはなにも言わずに部屋を出て行く。ちなみに、ミステルならアンネロッテに何を言われても、ぼくとアンネロッテを二人きりにすることはないが、フランカは指示には百パーセント従う。どちらが侍女のあるべき姿かは、考え方次第だね。
「少しはこの世界のことを感じられましたか?」
「まだ時間が足りませんよ。ただ、人間が言う『魔族の脅威』というのがよくわからなくなってきました。ぼくらの世界にも人間と魔族の戦いを描いたおとぎ話のようなものはたくさんあって、多くは魔族の侵攻を勇者が食い止め、魔王を成敗して終わりました」
「ここでも、人間の世界には同じような物語がたくさんありますよ。わたしもそのうち、そういうお話の登場人物に加えられるかもしれませんね」
「ミステルを誘拐したにっくき魔女だそうです」
ぼくはチラッと大枢機卿さまを見ながら、肩をすくめた。
「ミステルを救い出した功績者として、その場で勇者認定されそうになりました。この三年、何度も勇者召喚の儀を行ってきたらしいですよ。ばかばかしいですね」
「そうでもありませんよ。ものの見方を固定してみせるからこそ、人はそこにすがって安心感を得るのです。行方不明だった聖女を魔族から救い出した勇者が現れた、とぶちあげれば、大喜びする人も多いでしょうね」
「でも、そうやって魔族への敵対心をあおる人たちがいなくなれば、人間と魔族の戦いもなくなっていくんじゃ?」
「そう思いますか?」
「少なくともアンネロッテ様は、なにがなんでも人間の土地を征服する、とか考えてませんよね? 人間の世界にも、戦いをなくしたいと思う人はいるはずです。そういう人たちが、魔族が領域の拡大を第一に考えている存在ではない、ということをわかってくれれば、いくらでもきっかけはあるはずでは?」
「アズマは、力がいちばん役に立つのはどういう時だと思いますか?」
「えーと……」
そのとき、床に横たわっている大枢機卿さまが小さく呻いて身じろぎした。それを合図にするかのように、アンネロッテが立ち上がった。
「今日はこのくらいにしましょう。いずれ、いまの質問の答えを教えてください」
「ちょ、ちょっと待ってください。ホントにぼくをこの人と、こんな密室で二人きりにするんですか?」
「自信がありませんか? だらしないですね」
「なんの自信ですか! 風紀が乱れるとか思わないんですか!?」
「魔族に何を期待しているのですか? わたしだって父と母がその辺で行為に及んだ結果の産物だと聞いていますよ?」
ダーマト様も、娘になんということを話すのだ。
「そういえば、その寝台の上と……」
「頼むから止めてください! ぼくだって若い雄ですから、妄想が止まらなくなってしまいます!」
「妄想だけで終わっている段階で、雄失格ではないですか?」
「お願いですからもう勘弁してください。立ち直れなくなってしまいます」
結局、またしてもぼくは土下座する羽目になった。
大枢機卿さまは、アンネロッテが出て行ってから三十分ほどで目を覚ました。
「わ、わたくしの法服はどこですか!?」
激しい反応を予想して身構えていると、彼女はかなり斜度の高いところに発想を飛ばしてくれた。
「あのさっ、服よりもほかのことが気になったりしないのかな!?」
いろんな防護術式を編み込んであるらしい彼女の服は、もちろんここではない別のところに保管されている。当然ながらその場所をぼくは知らない。
「あの服はわたくしの聖職の証です。早く返しなさい!」
「返したとしてどうするの?」
「もちろん、教会にすぐに戻ります。枢機卿たるわたくしへのこの扱い、断じて許すわけにはいきません。直ちに十字軍を立ち上げ、聖騎士団に魔族討伐の先頭に立つように命じて……」
うわー、この人ホンモノだ。
「だったら、服なんかかまわずに帰ればいいじゃん?」
「聖職の証を失ったままで戻れるはずがないでしょう!?」
意味がわからないぞ? もっといろいろしゃべってくれそうだし、少し煽ってみることにしよう。
「要するに、あの高そうな服がないときみの言うことを誰も聞いてくれない、と? ひょっとして懲罰ものだとか? いままできみが教会とやらで積み上げてきた時間って、服よりも軽いんだ?」
「無礼な! これ以上わたくしを愚弄するなら……」
そこまで言って、ふいに大枢機卿さまの目が泳ぐ。おそらく、これまではここで手持ちの駒が実力行使に及んだのだろう。
「まあ落ちついてよ。ぼくを倒していけるなら、きっと教会にも帰れるからさ」
さきほどは魔法一発で簡単に負ける、とアンネロッテに泣き言を言ったが、従属の術式が施されている彼女なら、魔法はすぐに封じればいいし、負ける要素はない。ぼくは勝てる相手には強気になるタイプなのだ。
「それより、そのまえにひとつ教えてほしいことがあるんだ」
「魔族の手先に教えることなどありません!」
「そう言わずにさ、きみの名前を教えてよ」
大枢機卿さまは凍りついた。これまで、自分の立場を知っていて名前を知らない相手なんて、会ったことがなかったんだろうね。
お読みいただいた方へ。本当にありがとうございます。
次回、ついに大枢機卿さまの名前が明らかに!




