第十三話 大枢機卿さまの処遇
アンネロッテの御前にて、さらってきた枢機卿の扱いが話し合われています。作者も参加したい話し合いです。
「で、この女をここまで連れてきてしまったわけですね?」
アルテミス師匠によって魔力の猿轡をかまされた大枢機卿さまを見下ろしながら、深い深いため息をついてアンネロッテが言った。大枢機卿さまはどう猛なうなり声を上げているが、誰もそれを気にしない。
「アズマ、わたしはあなたを勇者として呼び出したわけですが、今すぐにあなたの力が必要な状況にはありません。ですから、自分の役割を忘れない限り、何をしてもうるさいことを言うつもりはありませんが、わたしの面倒をふやすようなことは、できれば避けてくれるとうれしいです」
「申しわけありませんでした」
ぼくは大枢機卿さまの横に正座させられていたのだが、そのまま頭を地面につけて謝罪の言葉を口にした。みんなに対しては言いたいこともあるが、アンネロッテからこう言われるのはしかたがない。ただ、ふたりの師匠とミステルは大きな視野で見れば同罪だと思うのに、アンネロッテと並んでぼくを見下ろしているというのは、いくぶん納得しかねるところだ。
「いまさら送り返してもゴタゴタをふやすだけですね。こちらに留め置くしかないでしょう。アズマ、あなたに責任を持ってこの女を預かってもらいます。戦いに役立ててもいいですし、夜に役立ててもかまいません」
「ちょ、アンネロッテ様、それはあんまりです。この人の目を見てくださいよ。敵意百パーセントじゃないですか。こっちの意思に従う気なんてゼロですよ?」
「そこをなんとかしてほしいのですが?」
「聖魔法にも攻撃に使えるものがあると聞きますので、この人とぼくがふたりになったら、たぶんそれ一発でぼくが負けます」
アンネロッテが再び深いため息をついた。
「しかたがありませんね。いまこの女の魔法は封じてあるのですか?」
「魔力拡散の魔方陣を描いてあります」
魔力拡散の魔方陣は、対象者が魔力を用いて何かをしようとすると、その意思に反応して魔力が体外に流れ出すようにするモノである。当然魔法は不発に終わる。非常にありがたい術式だが、この魔方陣はアルテミス師匠の血で描かれている。「こんな女のためになぜわたしが痛い思いをしなければならないのか」とさんざん文句を言われた。
「では、従属術式の魔方陣をこの女に描きますので、そのあとあなたの魔方陣を解除してください。魔法が使えないといろいろ不都合でしょう」
「魔法が使えないこの女は、アズマさんより役に立たないと思います」
ミステルがとんでもない形でぼくを引き合いに出して補足しやがった。しかも言い返せないところがつらい。
「アルテミス先生、この女を黙らせている魔力を消してください」
「かしこまりました。ただ非常にやかましいと思いますよ。目が覚めてからこのかた、疲れて眠る以外、この女は悪態のつきどおしでしたから」
「やむをえませんね。少しの間ガマンしましょう」
「ミステル、なぜ猿轡を解かなきゃいけないんだ?」
そのままのほうが魔方陣を描くにしても騒がれないでラクなはずだ。
「魔力をそのままにして魔方陣を描くと、魔方陣の作用に魔力が干渉してどんな副作用が出るかがわからないからです」
「師匠が描いた魔方陣は?」
「魔方陣はその人の存在に定着していますから、そういった影響を及ぼしません」
なるほど、いろいろ深いな。ぼくが魔方陣を操るところまで魔法の知識と技術を向上させられるような気はしないが、すこし心のなかの中学二年生が騒ぐ。
「アズマ、あなたはそこで見ていてください」
「え? 師匠が描いたときは見るなと言われて目隠しされてましたが?」
「あなたはこの女のすべてを見届けなければいけません。わたしがこの女に施す束縛術式は、この女をあなたの意思に逆らうことができなくするだけです。あなた以外のわたしたちには効果はありません。この女がわたしたちを殺そうと思えば殺すことは可能です」
え?
「まあ、物理的に不可能だとは思うがな」
アンドロメダ師匠が補足したが、そんな言葉では納得できない。
「どうしてですか? ひとりしか指定できないとか? そんな、危険じゃないですか!」
「複数指定することは可能です。でも、そんなことをしたら、この女は人形と同じです。ここに置いておく意味がありません。ですからアズマ、あなたが制御するのです」
「そんなムチャクチャな!」
「あいかわらずつまらないことをグチャグチャ言う人ですね。後で説明しますから少し黙ってなさい」
ご褒美になりそうな冷たい目で睨まれた。チキンなぼくは思わず口をつぐむ。
「ではアンドロメダさん、アルテミス先生、お願いします」
そこからの絵面は目の保養としては壮絶に過ぎた。アンドロメダ師匠が大枢機卿さまの関節をあちこち極めて身動きできなくして、アルテミス師匠が喉もとにナイフを突きつける。その上で魔力の猿轡を解除した。
大枢機卿さまは、口が自由になった途端に聖職者とは思えない口汚いののしりの言葉を叫びはじめたが、アンネロッテはそれを意にも介さず、テキパキと上半身を裸にしていく。大枢機卿さまの夕張メロンのような……その、胸が飛び出した。一瞬身を乗り出しかけたところで、ミステルのゴミを見るような目に気づき、頬を叩いて気を取り直す。
アンネロッテは、指にナイフでキズを作り、にじみ出した血で大枢機卿さまの胸元に魔方陣を描いていく。見る間に複雑な紋様が描き出され、身体に沈み込むように消えていく。
それを確かめて、こんどはアルテミス師匠がナイフをアンネロッテにわたし、大枢機卿さまの背中に手をあててなにやら呪文を口にする。大枢機卿さまの背中が淡く光り、そして何かが大気中に昇華していった。
「終わりました」
アンネロッテの言葉を合図に、アンドロメダ師匠が拘束を解いた。途端に大枢機卿さまは弾かれたように立ち上がり、アンネロッテをにらみつけて右の掌に魔力を集め始める。
アンドロメダ師匠はアンネロッテを護るように立ちふさがろうとし、アルテミス師匠は手の先に黒い魔力の刃を作り上げて、なにかあれば大枢機卿さまを両断できる体勢をとる。
「先生、アンドロメダさん、不要です。アズマ、先ほど言ったように、この女を制御してわたしを護って見せなさい」
アンネロッテは自分の前に魔力でシールドをつくって撃ち出される魔力をはじき返しながら、ぼくを見てそう言った。慌てている気配はない。
ど、どうしよう? 意思を伝えるって、どういう形で伝えれば?
(アンネロッテを傷つけるな!)
大枢機卿さまは魔力を撃ち続けている。だめだ。魔力は人を傷つけずに殺す。
(魔力を使うな!)
その瞬間、大枢機卿さまは魔力を撃つことをやめ、アンネロッテに飛びかかろうとする。肉体は魔力のシールドを通り抜けるが、身体能力がまったく違うので、アンネロッテは簡単に相手をいなす。くそ、この女、意外とカンがいい。
(この部屋にいるものに害をなしてはいけない!)
ちょっと漠然としすぎているかもしれないが、いまをしのぐにはこれしか思いつかない。
しつこくアンネロッテにつかみかかろうとしていた大枢機卿さまは、その瞬間、身体をビクンと硬直させた。
「あン! あ……あふ……ああッ!」
大枢機卿さまは、自分の身体をかき抱くと、なにかに耐えているように脂汗を流しはじめた。そしてそのまま膝をつき、アゴをのけぞらせ、床に倒れて痙攣しながら身悶える。
「ああっ、いやっ、やめて! うっ……アヒッ!」
顔は紅潮し、目は潤んで、なにやら非常にやばい雰囲気になってきている。ぼくはとっさに首トンで大枢機卿さまを気絶させた。
「おかしいですね。わたしはアズマの意思にこの女が逆らうと、全身を耐えがたい痒みが襲うように魔方陣に描きこんだだけなのですが」
アンネロッテが少し頬を赤らめながら首をひねる。うん、あれは痒いというより、アレの感じだよね。しかし、アンネロッテも微妙にタチの悪いペナルティを設定したな。
「あ!」
ミステルが短く声を上げ、皆の目が彼女に集まる。彼女は少し悪い感じの汗をかき始めた。
「どうしたのですか、ミステル?」
少し厳しい口調でアンネロッテがミステルに質した。
「最初に教会から連れ出したとき、あまりユサユサ邪魔なので、この女の胸に軽く魔力で拘束を……」
えーと、魔力が干渉とか、副作用がどうとか、ミステルが自分で言ってたよな?
ミステルが何かをつぶやき、次の瞬間、大枢機卿さまの夕張メロンが、じつはスイカだったことが判明した。部屋を沈黙が支配し、ちょっと冷ための視線がミステルに集まる。
「申しわけありません!」
ミステルはその場で土下座した。
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