第十二話 脱出行
余計な荷物を抱え込むと、旅の負担が急に重くなるものです。
現状を考える上でひとつ確実なことは、騒ぎが起き始めるまでにそう長い時間はかからないということだ。もし今晩をやり過ごすことができても、次期教主候補が明日の朝になって姿をあらわさないとなれば、教会のなかは上を下への大騒ぎになるだろう。そして、教会の中に見当たらないとなれば、街のなかだ。禁足令など出されてはやっかいなことになる。
「さっさとこの街を離れるべきだろうな。その女はしょうがないから持っていこう」
アンドロメダ師匠がストレートかつ力技な提案をした。
「このまま持っていくのは気が進まない。ここで処理して行ったほうがいい。生きていなければ亜空間に収納していける」
アルテミス師匠の提案も別な意味でストレートだ。そして、亜空間には命あるモノは収納できない、という日本ラノベの常識が通用してしまっているのがすごい。
「アンドロメダ師匠もアルテミス師匠も落ちついてください。ぼくたちはこの街に来てギルドでけっこう目立ってしまってます。ここで逃げるようにこの街を出ては、怪しんでくれ、と言っているようなものです」
「だからといって、この女がここにいるのだから、家捜しに来られてはマズいことにならないか?」
アンドロメダ師匠は脳筋の人だ。自分たちがどのような種族であるかを忘れているのではないだろうか?
「アルテミス師匠、この人と一緒に転移魔法で移動するとすれば、どのくらいの距離を動けますか?」
「そうだな、この街を出てすぐのところあたりまでが限界だな」
彼女は申し訳なさそうに言ったが、人ひとりを抱えてそれだけ飛べるのが破格だと思う。そして、それならじゅうぶんである。
「ギルドからぼくらの情報が広まったりすると、アメリアさんにも迷惑がかかります。彼女が魔族だということも、悪いほうに働くかもしれません」
「うむ、それはそのとおりだな。いろいろよくしてくれたアメリアに迷惑がかかるのは本意ではない。だが、それならどうするというのだ?」
「まず、ギルドで簡単な仕事か、もしくは護衛か討伐で街を離れるような仕事を受けましょう。それから馬車を都合して街の外に用意します。そして宿をゆっくり引き払って、アルテミス師匠にはその馬車のある場所まで転移してもらいます。あとは街から離れるだけです。明日の夕方くらいまでなら、街も出られると思いますよ」
「きみはみみっちい知恵が本当によく回るな。感心したよ」
「師匠、それ褒めてます!? ディスられているようにしか聞こえないんですが!?」
「褒めているんだよ。少なくともアンドロメダには絶対に出せない知恵だ」
「そうだな。わたしには無理だ」
ディスられてもまったく動じないアンドロメダ師匠に、存在としての格の違いを見せつけられてしまった。
「ミステルは朝になったら馬車の手配をお願いできる? 乗り捨てにできる契約だとありがたいんだけど、いいよね?」
帰りをカラで戻らなければならない乗り捨てだと、料金はだいぶ高くなってしまうはずだが、ここでミステルはイヤとは言うまい。
「わかりました。この際、買い上げてしまいましょう」
さらに太っ腹だった。まあ、手持ちの大半はピルシェに来るまでに増えた分だし、あぶく銭と言えばあぶく銭だな。
「それじゃこんな段取りで、朝になったらゆっくり素早く動きましょう」
朝一番でギルドに行くと、近場の集落を荒らしに出没している熊の集団の討伐という、おあつらえ向きの仕事が出ていた。ランク的にも自然な水準だし、やはり早起きをするといいことがあるようだ。
手続きを済ませて宿に戻ると、ちょうどミステルが馬車を調達してきたところだった、万事いい感じだ
「では、わたしがこの女を見張りつつ待機していればいいんだな? アルテミス、魔法は解けないだろうな? 目が覚めたりしたら、うるさくて息の根を止めてしまうかもしれん」
アンドロメダ師匠がたいへんぶっそうな発言をしたことだけが不安だった。
実際にやってみると、さしたる問題もなくコトは運んだ。ただ、問題の集落に行ってみたら、二、三日は腰を据えなければならない感じだったので、予定を変更していったんピルシェに戻り、ふたりを回収したあと宿を引き払って街を出ることになった。予定より撤収が早くなる限りは、アンドロメダ師匠も文句を言うまい、ということだ。
街を出るときには、警備がすでにピリピリし始めていたが、アンドロメダ師匠の葵の御紋がある上に、ぼくと師匠のふたりがどうみても手ぶら、という状況も手伝って、問題なく出ることができた。ちなみにミステルははじめから馬車の中で、アルテミス師匠はすでに枢機卿さまを連れて馬車で待機している。
枢機卿さまには何度か魔法を重ねがけして昏睡したままでいていただいたのだが、熊退治の仕事を片づけたあたりで限界が訪れた。
「これ以上続けると、本当に目覚めなくなる可能性がある。わたしはもちろんそれでかまわないが」
「わたしもまったくかまわないぞ」
アルテミス師匠の「やらせろ」宣言にアンドロメダ師匠が同意する。
「わたしもかまいませんよ」
ミステルも後に続きやがった。ここに来てまさかのアウェーだ。
「とりあえず、魔力を魔法に使えなくなるよう、背中に魔方陣を描いておこう。アズマ、向こうを向いていろ」
アルテミス師匠がぼくの目を封じた後、枢機卿さまの服を脱がせてごそごそとやっていた。くそ、音だけだと、よけい妄想が膨らむぜ。
「だいたい、考えてみればなぜこのバカ女のためにこんなに小細工を弄する必要があったのですか? あなたの説明にも、生かしておく理由はありませんでしたよね?」
作業が終わり、縄とさるぐつわで物理的に拘束しなおしたあと、さらなるアウェーがぼくを待っていた。
「いや、殺すと死体が見つかったときにまずいから……」
「死体はわたしの亜空間に収納できると言ったはずだが?」
えーと……。
「アズマさん、あなたまさか、このバカを本気で一発落としてやろうなんて考えてるんじゃないでしょうね? たしかにこの女は顔と身体は一級品です。脳味噌にまわる栄養が、すべてそちらに行ったのでしょう。ですが、これほどのバカはさすがにお薦めしませんよ?」
「ハハハ、元気だなアズマは」
アンドロメダ師匠は笑いながらそう言ったが、アルテミス師匠の目はどことなく冷たい。まずい。これはぼくのミスかもしれない。
「で、でも、最高幹部が殺されたとなると、教会も黙ってないでしょう? きっと魔族に責任を押しつけてくると……」
「それはそうだが、さらってここにいる以上、結果は同じだろう?」
アルテミス師匠は追及の手を緩めない。
「でも、それを言うなら、ミステルが宿にこの人を連れてきちゃったときに、もう詰んでたわけですよね? 解放しても逆恨みで面倒を起こす、といったのもアンドロメダ師匠じゃないですか? だから、いつでも殺せるなら、殺さなきゃいけなくなるまでギリギリまで、歩み寄りをはかってみてもいいかと思っただけですよ」
「女に責任を押しつけるか。男らしくないな、アズマ」
男に対する最終宣告が行われてしまった。これを言われては、ぼくのすることはひとつしかない。
「申しわけありませんでした」
ぼくはその場で土下座した。
お読みいただき、ありがとうございます。
さて、いまだに名前をもらってない枢機卿の運命やいかに!?




