第九話 「王女」アンネロッテ
アズマとアルテミス師匠が、アンネロッテを語ります。
「アルテミス師匠は、アンネロッテ様とは、どれくらいのつきあいになるんですか?」
結果的にギルドに二~三日のお預けを食らったぼくたちは、思いきり出鼻をくじかれた形になった。そこで、やはり二~三日で戻ると言って教会に出かけたミステルを待って次の行動を決めることにして、そのあいだは街でのんびりすることにした。
アンドロメダ師匠は、ひとりでブラブラしてくると言って出かけてしまったため、宿にはぼくとアルテミス師匠が残された。宿の食堂でお茶を飲みながら、ぼくは気になっていたことを彼女に訊いてみた。アンネロッテは師匠に師としての敬意をいつも払っている。だが師匠は百パーセント臣下としてアンネロッテに従っているように見えるのだ。
「百五十年ほどでしょうか。アンネロッテ様がお生まれになって十年ほどのころからです」
いきなり想像を絶する時間軸だ。
「えーと、魔族の人は何年くらい生きるものなんでしょうか?」
「個体によって違うから一概には言えないが、アンネロッテ様やわたしであれば、だいたい千年くらいを見こんでいるな」
とすると、アンネロッテは寿命の六分の一ぐらいが経過したことになるから、人間でいえば十五~六歳にあたるか。まさに王女さまといっていい年頃だ。
「ちなみに師匠は何歳ぐら……ギャッ!」
おそらくは野球ボール大の魔力がぼくの顔面に直撃した。この話題は御法度らしい。
「いてて……師匠にとって、アンネロッテ様はどういう弟子だったんですか?」
「わたしはアンネロッテ様を弟子だなどとは思っていない。そんなおこがましいことは考えたこともない」
「え、でも師匠はアンネロッテ様の指南役だっていわれてますよね?」
「それは文字通りの意味だ。わたしは幼少のアンネロッテ様に『魔法とはこういうものだ』というアドバイスをした。そんなことはこの街でちょっと魔法をかじった程度の者にだって出来る。そこから先は、アンネロッテ様はご自身で魔法の力を高められた。師など、そもそも必要なかったのだ」
最初のアドバイスが的確だったから、というのはあると思うんだけど、師匠にそれをいっても認めないだろうな。
「いまの時点で、師匠とアンネロッテ様の魔法の力はどちらが上ですか?」
「比べるのもバカバカしい。わたしなどアンネロッテ様の足下にも及ばん」
「でも、師匠は魔族の中でも魔法の能力に優れた血統だと聞きましたよ?」
オタク的にはエルフそのものの師匠は、この世界では魔族のいち血族で特段の種族名は持たない。だが、魔法適性はやはりエルフというしかないみたいなのだ。
「そういう次元の問題ではない。アンネロッテ様が王宮から離れるに従って本来の力を出せなくなっていく、という話はアンドロメダから聞いているな?」
「はい」
「このあたりのように魔素が希薄な土地では、アンネロッテ様の力は極限まで低下する。いっぽうで、さまざまな魔素の中で生きてきたわたしは、アンネロッテ様ほど魔素の質に影響されない。それでだいたい魔法の威力の限界が同じ、というところだ」
魔法に生きているようなアルテミス師匠を、物理でアンドロメダ師匠を軽くひねるというアンネロッテが魔法で上回る? それは一概にはちょっと信じられないな。師匠の謙遜ではないのか?
「だが、アンネロッテ様の真の力はそんな些末なところにはない。わたしは、自分にもっとも適した環境であれば、この規模の街であれば一撃で壊滅させることが出来る。馬車を乗り換えたブルノ程度なら、遠目に見えてさえいればふたつ同時に消滅させられる」
おいおい、軽く言ってくれるけど、シャレにならない危険物だよ。だれかハザードシンボルつけといてくれないかな。ふたつ同時にって、それだけの威力の魔法を並列的に発動できる、ってことだよな?
「だが、王宮にいるときのアンネロッテ様であれば、この街と同じ規模の街を五つ同時に、それぞれ違う属性の魔法で壊滅させる」
ちょっと待て。それはやっていることが根本から違う。師匠がやれると言ったことは、精霊に同時に同じ魔法を違う対象に撃たせる、ということだ。だがアンネロッテがやれると師匠が言っているのは、火、水、土、風、雷の五属性の精霊と同時に、しかも別々にコミュニケーションをとる、ということだ。そして威力は師匠より上……。
「そのような方を相手に、どこの誰が師を気取っていられる? わたしはそんなに恥知らずではないつもりだよ」
アルテミス師匠の言うことはもっともだ。幼児にサッカーボールを与えて蹴らせてみただけの大人が、のちに自分は○リスティアーノ・ロ○ウドの師だと言いはるようなものだからな。
「でも、アンネロッテ様は師匠がいなければいまの自分はない、と言ってましたよ?」
「あの方は、どんな些細なことでも、自分が恩を受けたと感じれば、それを決して忘れない方だ。何度お願いしても、『先生』と呼ぶのをやめてくれない。そんな方だからこそ、わたしは心から忠誠を誓っている」
こちらに来て二月程度のぼくには、まだまだ高飛車お姫様にしか見えないアンネロッテだが、いろんな顔があることは間違いなさそうだ。そりゃそうか。魔族的には少女なのかもしれないが、百六十年生きているお姫様だものな。
ギルドから連絡が入ったのは二日後だった。
盗賊団の壊滅は確認された。だが、ぼくたちが壊滅させたという証拠がない点が問題となったらしい。そりゃそうだ。壊滅されているのを見て「俺たちが壊滅した」と言い張っているかもしれないからね。もともとダメもとで出した話だし、こちらはあまり気にしていなかったのだが、ちょっとしたウルトラCで、ぼくたちのランクDへの昇格は認められることになった。
ギルド上層部は、証拠の提出がないことを理由に、盗賊の壊滅へのぼくたちの関与を認めなかったのだが、ギルドの冒険者担当であるアメリア職員が「壊滅させていないにしても、その壊滅を確認、報告したことにより、市民に安心を与え、ギルド並びに冒険者の負担を軽減した功績は認めるべきだ」と主張し、これが認められたことによって昇格と相成ったのだ。このアメリア職員は、もちろんぼくたちの相手をしていた受付の職員である。
「話のわかる人に担当してもらえてよかったですね」
その日の夕食時、ぼくは両師匠に言った。最初に巡り会うギルドの職員がどういう人物かは、その後しばらくの冒険者生活を左右する。転生ものの絶対の真理である。
「そうだな。ちなみにアメリアは人間ではなく魔族だぞ。わたしの同族だ」
おおざっぱに切った肉にかぶりつきながら、アンドロメダ師匠が言った。
「え、そうなんですか?」
「あとで礼として彼女に血でも吸わせてやれ。彼女にも遠慮するなと言っておいた」
「ちょっと、なに勝手に……! それに吸うんですか!?」
「別にふだんはまったく必要ないさ。だが、人間の血は活力を含んでいる。わたしたちは、これを体内の魔力と融合させることで、一時的に自分の能力の限界を超えることが出来るんだ。まれに、それによって性的快楽に近い感覚を得る者もいる。アメリアがそうとは限らんが、『いただきます』と言っていたから、嫌いではないだろう」
うう、この先大丈夫なんだろうか。ひからびて死ぬとか、ないよな?
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