とりあえず、生きる
コンビニで適当に食べ物と酒を買った。
彼女は何も選ばなかった。俺がカゴに入れたものを、そのまま受け入れただけだった。
レジ待ちの列でもスマホをいじらず、ただ立っている。空っぽみたいだった。
家に入れたのは、完全に間違いだった。
玄関で靴を脱いだ彼女は部屋を見回してから、
「なんか思ってたより普通」
と言った。
「何だと思ってたんだよ」
「もっと汚いかと思ってた」
「偏見だろ、それ」
軽口が自然に続いて、自分で少し驚いた。
最近、誰かとこんなふうに会話してなかったから。
缶チューハイを開ける。プシュ、という音が部屋に響く。
彼女は床に座り、おにぎりの袋を開けて一口食べ、それから止まった。
「……死ぬ前ってさ」
そこで言葉を切る。俺は何も聞かなかった。聞いたら面倒だから。
そう思ったのに、彼女は続けた。
「お腹、すくんだね」
それが妙にリアルで、少し笑いそうになった。
「そりゃそうだろ」
「なんか、もっと全部どうでもよくなるのかと思ってた」
「どうでもよくなってたら、靴揃えねえだろ」
「それもそうか」
その夜、彼女はソファで寝た。毛布もかけずに。
俺は少し迷って、クローゼットから適当な布を引っ張り出して上にかけた。
起きなかった。寝顔は拍子抜けするほど普通だった。
さっきまで死のうとしていた人間の顔じゃない。
ただの、どこにでもいそうな女の子だった。
朝、目が覚めると彼女はまだいた。
当然だ。どうやら夢じゃなかったらしい。
キッチンに立つと、後ろから声がした。
「ねえ」
振り返ると、彼女はまだ寝起きみたいな顔で立っていた。
「今日、どうするの?」
昨日の俺の言葉の返しだった。少し考える。
正直に言えば、何も決めていない。
未来のことはここ数日ずっと真っ白だった。
来週も来月も想像できない。今日の夕方までなら、かろうじて見える。
それでも十分すぎるくらい長かった。
「……とりあえず、生きるんじゃないかな」
曖昧に答えると、彼女はふっと笑った。
「そっか」
それから、当たり前みたいに言った。
「じゃあさ、しばらくここにいていい?」
断る理由は、いくらでもあった。
知らない女。面倒ごと。リスク。全部わかっていた。
でも口から出たのは別の言葉だった。
「……期限つき」
「期限?」
「一ヶ月」
「わかった」
適当に口にした数字だった。
終わりがあった方がいいと思っただけだ。
けれど、そのときの俺たちは、終わりを作るためじゃなく、始めるためにその約束を使ったんだと思う。
同棲は、思っていたより静かに始まった。
特別なルールは作らなかった。
干渉しない、とか、詮索しない、とか、そういう言葉すら面倒だった。
ただ、同じ空間に二人いる。それだけで、部屋の空気が変わった。
彼女はあまり外に出なかった。俺も出なかった。
昼過ぎに起きて、適当に何か食べて、また時間が過ぎる。
会話は少ない。でもゼロじゃない。それが妙に心地よかった。
一人だと、自分がこの部屋にいる実感が薄くなる。
人の気配があるだけで、まだ完全には消えていない気がした。




