12.薄幸令嬢と研究所(2)
込み入った事情を蛍に相談していると、ベッドの上で小夜が身じろいだ。
「気が付いたのか?」
「ここ……は……?」
「安心して。ここは香月研究所。若旦那が君の傷を癒すために保護したんだよ」
蛍の言葉に虚ろな目をさまよわせていた小夜が、ガバリと跳ね起きる。
「家に……家に帰らなきゃ」
「だめよ。せめて熱が下がってからじゃなきゃ! 医者である私が許しません」
「だって、家に帰らないと」
また叩かれる。という言葉を寸でのところで飲み込んだ。
自らの体を抱いて震える小夜の様子に、三人は続く言葉を察してそっと目を合わす。
「帰らなくていいんだよ。君は軍が保護をした。熱が下がるまで、ここで過ごしなさい」
「え……」
「辛かったね、ゆっくり休んでいいんだよ。ご家族の了承はとってある」
瑛人の言葉に束の間目を見開いた小夜は、よかった。と微笑んで再びベッドに身を任せた。
すぅすぅと寝息を立てる小夜の隣で、瑛人と蛍は思案気に眉をひそめていた。
「皆様には、ご迷惑をおかけいたしました」
小夜が回復したのは、それから三日してのことだった。
瑛人と蛍が小夜の元に訪れた時にはもう、ベッドの上に座り深々と頭を下げていた。
「頭あげてよ。病人に頭を下げさせる趣味はないからさ」
「いえ……私なんかのために、こんなによくしていただいて」
熱に浮かされている間、蛍に食事の介助をしてもらっていたことを思い出し、更に深く頭を下げる。
「だからあ、もう」
「先日助けていただいたお礼も出来ていないのに、こんなによくしていただいて申し訳ありませんでした」
いっこうに頭を上げようとしない小夜に困り果て、蛍が瑛人を見る。
熱が下がり、頭がはっきりしてきたときに小夜が思ったことは、やはり家に帰らなければ。だった。
華峰家には、小夜の病にかけるだけの資金はない。小夜がこの場で休めば休むだけ華峰家の負担になるのだ。
小夜が華峰家の負担になった分は霧城家から足が出ることになっている。
そうなればその分、小夜には「しつけ」が待っていた。
一刻も早くこの場から出なければ。と支払う金がないことを面倒をみてくれている蛍に訴えたのだが、蛍を通じて瑛人がお金はいらないと言ってきた。
無償で与えられるものなど、この世にはないことを知っている小夜は、自分の病が治った後、何を要求されるか内心戦々恐々としていた。
「こういう時、いい女は謝るよりお礼を言うものよ」
「そうそう」
頭を上げるよう幾度か言われ、ようやくベッドから頭を離した小夜は、自分に向けられた三人分の優し気な笑顔に胸がつまる。
これまで、自分が病や傷で倒れた時、怒りをぶつけられたり迷惑がられたことはあったが、こんな風に笑顔を向けられたことはなかった。
「あ……ありがとう……ございます……」
たどたどしく言った礼は、三人の笑顔をさらに深めるのに充分だった。
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