13.薄幸令嬢と研究所(3)
しばらくは体を休めるようにという三人の言葉に甘え、ベッドに体を横たえた。
疲労が溜まっていたのか、いつの間にか寝ていて、次に目を開けた時には外が真っ暗になっていた。
辛かった傷の痛みも熱も、今はすっかり引いている。
しかし、これからへのの不安が胸中につきまとう。
香月が好意で連れ出してくれたとはいえ、無断で華峰の家を後にしたのだ。帰ったらこれまで以上の折檻が待っていることだろう。
想像してぶるりと肩を震わせ、ベッドの中に頭まで潜る。
「やあ、あなたが古衣の君かな。ただよってくる香りが同じだね」
窓の外から吹く風と共に、低音の耳に心地よい声が聞こえた。
恐る恐る顔を出し、枕元にあるランプをつける。伸びた黒髪を一つに結んだ長身のダークスーツ姿の男が、ベッドの足元に立っているのが見えた。
不健康なほどに白い肌を持ち、高い鼻筋につり目がちの黒い瞳をしていて、この世のものとは思えないような儚げな美貌を持った男は、楽し気に小夜を見つめている。
驚いて叫ぼうとした瞬間、片目を閉じてしぃっと言われ、込み上げた悲鳴を飲み込んだ。
思えばここは研究所だと言っていた。小夜の他に休む者や職員もいるだろう。
それなのに悲鳴をあげそうになるなんて。と自らを恥じている間に、男は小夜のベッドに腰かけた。
「僕の血族が迷惑をかけてしまったようで、数日前にお詫びに伺ったんだけどね、どうやら当人にお詫びが通っていなかったみたいで探してたんだ」
男の言っている言葉の意味がよく分からず、小夜は黙って男を見ていた。
男は、小夜の首に巻かれた真新しい包帯に手を伸ばし微笑んだ。
「あなたの名前を教えてほしいな」
「私は……華峰小夜と申します」
伸ばされた十夜の手をそっと避け、警戒の視線を送る。
そんな小夜の様子に小さく笑った男は、ベッドから立ち上がり片手を胸に当て礼をする。
「先だっては僕の所の夜光が迷惑をかけたね。申し訳ない。僕は不知火家の当主、不知火十夜という」
十夜の言葉に小夜の体がこわばる。
蔵に閉じ込められる前に華峰家を訪れていた男だと気がついたからだ。
威嚇する子猫のように警戒の目を向ける小夜を、十夜は面白そうに見つめている。
「あなたたちが……屍食鬼に人を襲わせているんですか……」
「しぃ。それを知れるのは、僕たちの仲間になった者だけだ」
緊張で張り付きそうになった喉から、最も疑問に思っていた言葉を絞りだすと、口元に清潔そうな白の手袋をした指先を当てる。
楽し気に笑う十夜の瞳が小夜の瞳を捕らえ、艶っぽく笑った。
「今日は、あなたにお願いがあってここまで来たんだ」
まるで何かの力が働いているかのように、十夜の視線から瞳を外すことができない。
十夜の囁く一言一言が、小夜の耳の奥をくすぐり、少しでも油断してしまうとなんでも言うことを聞いてしまいそうな気分になってしまう。
「僕のところに行儀見習いとして来ないかい? できれば僕の婚約者候補として迎え入れたいんだ。その前段階として、ね」
「そのお話は、妹に行ったはずでは……」
十夜の言葉に頷いてしまわないように気を強く持ち、挑むように視線を合わす。
「ああ、あの子? 行儀見習いに来たはいいけど、ちょっとわがままが過ぎてね。早々にお帰り願ったよ」
小夜の抵抗を、じゃれつく子猫を見るような瞳で楽しそうに眺めてくる十夜に恐怖を覚えた。
美しく整った顔、蠱惑的な声、誘うような眼差し。どれをとっても、十夜は魅力の塊だ。
それなのに、小夜の心から警戒心がぬぐえない。
不知火十夜という男は、魅力的すぎるのだ。
「申し訳ございません。私にはもう婚約者がいますので」
小夜は、十夜の視線から逃げ出すように俯いた。
緊張から、ぎゅっと握った掛け布団に皺が寄る。
「知ってるよ。血濡れの子爵でしょ。あんな小物放っておけばいいさ」
「離してください」
固く握られた小夜の手をとった十夜の手はすぐに振りほどかれ、視線を上げた小夜の穏やかだがきっぱりとした拒絶の姿勢に片眉をあげる。
「あなたは自分の価値を分かっていない。僕の元でならその真価を発揮させてあげられる」
よろしければ、ブックマークと評価いただければ嬉しいです。
評価は、本編下にある☆☆☆☆☆から入れていただけます。




