第83話「さて、話し合いはできるかな」
ざわつきが大きくなる。魔王に命を救われた、などと信じるべきか信じるまいか分からない話だ。しかし大英雄でもあるエイリアがわざわざ嘘を吐くとは思えず、国王も「まことか?」と聞き返してしまう。
彼女は深く頷き、そして──。
「彼女は我々との戦いのあと、小さな村の人々に救われたと言います。怪我をしているというだけで分け隔てなく接してくれた村の人々を彼女は愛し、敬い、そして私にこう告げました。──『理想は共存の世界だ』と」
魔物と人間が共に暮らしていくのは難しい。そもそもからして本質が違う者同士、相容れないからこそ争いになったのだ。それでも変わる道は、変わっていく手段はあるはずだと信じるハイディスの言葉をエイリアは伝えた。
「私が命を救われたのも事実、彼女は変わったと考えられます。そこで話し合いをしてほしいと思い、国王陛下に進言に参った次第です。いかがですか?」
打診を受けた国王は、側近らしい老爺に耳打ちされてしばらく悩み、はっきりと「それは出来ぬ」と答えた。なにを吹き込まれたのか知らないが、隣の老爺はずいぶんと調子の良さそうな笑みを浮かべている。
「我が国が命懸けで魔族より取り戻した平和な世界に連中を呼び込むなど、国民からの支持は得られまい。ましてや、奴らの甘言に過ぎぬ可能性は大いにある。そなたも英雄ならば聞き分けるべきだ。この世界が再び混とんに満ちることがあってはならぬと、勇者の死が告げておるではないか」
エイリアの視線は国王の隣に立つ宰相らしい男に向く。
(……あいつ、魔導師だな。私が気に入らないみたいだ)
何を言ったのか、彼女にはなんとなく予想がついた。エイリアの言葉など信じるに値しない戯言だとでも吹聴しているに違いない、と。なにしろ魔物の関わっている事案で、エイリア・ファシネイトといえばトラブルメーカーの代名詞とさえ揶揄されることも、決して少なくないのだから。
それを真っ向から否定しようとローブを脱ぎ捨てて「そんなことはない!」とハイディスが声をあげた。
「この世界には平和だからこそ穏やかに暮らしたいだけの、意思疎通の取れる魔物たちも大勢いる! なにより理性なき魔物たちは我々にとっても同胞と呼び難い存在だ! 我らの力と貴公らの知恵があれば、より良い世界を創ることも可能だと我は信じている! だからこそ対話を、協議の場を設けてはもらえないか、国王よ!」
あまりにも突然だったので、場が静まり返る。彼女はハッとして自分が何を言い出したのか理解すると縮こまってしまった。
「エイリアよ、そのほうは何者かね……?」
「えーと、あー……もういいや、うん」
なんとか説得をするつもりだったが、おそらく宰相の老爺がいれば国王はそうも頷くまいと判断したエイリアは、自分の仕事ぶりよりも長年傍にいるだけの人間の言葉を優先するのか、と呆れた。
まどろっこしくなってくると我慢も限界──もともと我慢ができるほうではないが──に達してしまい、彼女はその場にいる全員に告げた。
「この子が例の魔王、ハイディスさ。話し合いをさせようと思って連れて来たんだけど、聞いてもらえそうにないから先に言うね」
急激に温度が下がった気がした。緊張が走り、国王も含めて驚きと恐怖に短い悲鳴を上げる者もいた。そんな空気の中で、ハイディスは数歩前に出ると膝をつき、胸に手を当てて頭を下げてみせる。
「どうか再考を頼めないだろうか、国王よ。我は誤解していた。土地を得たければ奪えばいい、どうせ分かり合えない種だと決めつけたのだ……。それゆえ恥を承知でここまで来た。この大英雄、我を破った者の手を借りて」
彼女の言葉を握りつぶそうとしたのは宰相だ。
「聞いてはなりませぬぞ、陛下。あれなるは人を食らう魔物。今は本性を隠しているに過ぎぬ厄介者です! 大英雄でおられるエイリア殿も何を考えているのか……! はやくその者を始末するのが英雄の務めであろうに!」
ぎろりとエイリアが睨みつける。
「なら自身でやりたまえ。私は君たちの繁栄の基盤となるために英雄となったわけじゃないし、なりたかったわけでもない。ここへやってきた理由は、ハイディスの願いに共感を覚えたからだ。文句あるなら捕まえてみるか」
言い返されて、たじろぐしかない。彼女たちを捕らえるのはほぼ不可能だと言える。最終的な判断は国王に委ねられた。
「ではハイディスよ……。そなたは人間界と魔界が繋がることで、どのようなメリットを生むのか説明はできるのか。概ね理解できれば協議も考えよう」
最後まで誠実であろうとするハイディスは、すくっと立ち上がって満面の笑みを浮かべながら。
「あ、ありがとう! 説明はできる、してみせよう!」




