第81話「信じてみるのも大事な一歩」
「……な、なぜだ。なぜ人間はそうも矛盾を犯しながら……前に進める? 過ちは絶たねばならない。命を脅かす魔族なら……なおさらのことだろう……!」
身動きの取れなくなったロッソが悔しそうに尋ねる。どう足掻いたところで未来は変えられないとしても、理由が知りたかった。エイリアだけではない。人間という生き物が、なぜ失敗を重ねるリスクを恐れないのか?
あまりにも不可解で納得ができない。ハイディスという魔王が復活し、どれだけ大勢の人間が苦しめられるか。あるいは自分のような混血がどれほど差別を受け、泥の底を這いずり回らねばならないのか。そんな未来を平気で受け入れようとする者たちの思考が、彼にはさっぱり分からない。
「んー。そういうもんだよ、人間なんて」
結界が緩やかに崩れていく。疲れ切ったエイリアはへたりこみ、笑った。
「私も含めて馬鹿ばっかでさ。失敗なんて恐れてたら前に進めない。きっかけは『とりあえず』でいいんだ。やらなきゃ分かんない未来で、何もせずに後悔して生きるのがいちばん退屈で面白くない。だから賭けるんだよ」
巨大な魔結晶の輝きを振り返り、彼女は言う。
「私たちは可能性を信じてる。どんなに些細な、針の孔ほどの小さい希望だったとしても捨てたりしないからね。……ま、もし裏切られたらそのときはそのときだ。その希望を奪おうとしたり、握りつぶそうとするなら戦おう。たとえそれが何年と絆を育んだ友だったとしても、私は踏み越えていく」
ハイディスの背中を「さ、使いたまえ」と優しく押す。
「安定は衰退の第一歩になることもあるんだよ、ロッソ。なにかひとつでも違う未来が切り拓ければ、私たちは種族に囚われることなく手を取り合えるかもしれない。そのためにハイディスの力は必要だ」
間違った道だったとしても、共に歩んでくれる仲間がいればがむしゃらにでも突き進める。フラッドは、そんな彼女の何にも代えがたいパートナーだ。傷ついてもいっしょに立ち上がり、泣いて、笑って、時間を共に過ごす。
かつてそうした仲間がいたからこそ、いくらかわがままで身勝手だと自覚のあるエイリアでも、大切にしようという気持ちはあった。
「で、では使わせてもらうぞ……!」
緊張の一瞬。魔結晶にハイディスが触れると、光輝は彼女の中に吸い込まれていく。魔力を得ていくハイディスの姿は、少女のような外見から成長し、背はすらりと高く体型もまさしく大人のそれに変化する。
本来のハイディスというヴァンパイアの魔王。自分でさえ驚くような魔力の波動に、しばらくぼうっと両手を眺め、そのうちフフッと笑いだす。
「み、見事だ。これほどまでに完璧に力を取り戻せるとは!」
高笑いが響く。彼女はあまりの嬉しさにくるりと一回転して、それからエイリアに向かって「見ろ、この美しいボディ! やはり我はこうでないと!」などと言いながら、ほどなく冷静に戻って顔を赤くした。
「君ってそういう子だったんだねぇ……」
「う、うるさいうるさい! 誰だってそうなるだろ!」
こほん、と咳払いをして気を取り直す。
「ともかく、これで我は完璧な魔王としての姿を取り戻せた。礼を言う、エイリア。……貴公らとは命を懸けて争った仲だが、こうして手を取り合える日が来たのは嬉しく思う。さっそく仕事に取り掛かりたいのだが、その前に──」
ぴょんと跳んでエイリアの前に立つと、彼女の胸に鋭く指を突き立てる。一瞬、襲ったかに見えたフラッドは飛び掛かろうとしたが、実際には指先でとん、と軽く触れただけだった。
「お? なんだ、身体が軽くなってく……」
「魔力が減ったままでは辛いだろうと思ってな」
さんざん戦い抜いたのもあって魔力を大きく失ったエイリアの体力はほぼ限界、少しでも楽になれるのならと魔結晶から得た魔力の一部を彼女に分け与えたのだ。
「これで倒れる心配もないだろう。……信じてくれてありがとう。貴公らともっと早くに分かり合えていれば良かったのに」
「それは言わないお約束。これから仲良くなればいい」
「ハハハ! まったくもってその通りだ!」
「ん。えらいえらい。ってことで、そろそろ行くとしようか!」
五人は揃ってダンジョンを出る。いったんは傷ついて動けなくなったロッソを山小屋に連れて帰り、テュフォンが「俺がしばらく様子を見ていよう」と残った。
下山した先、山の麓で薪割りをしていたドワーフが、彼女たちを見てぎょっとする。今度はオーガどころかヴァンパイアまで一緒となると、驚きを隠せなかったようだ。
「あんたら、てっきりドレイクに会いにいったんだと思ってたが……まさか違う魔物を拾ってくるとはな。これから帰りか、そんな怪物連れて?」
「うん、そうだよ。道案内ありがとうね、おじさん」
「……おう? よくわかんねえが気を付けて帰れよ」
旅路はついに帰り道。魔物が発生していた主な原因であったダンジョンも、テュフォンが魔界へ戻れば静かになるだろう。まだしばらく世界各地には魔物がうろつくだろうが、それも少しずつ減少していくのは確かだ。
彼女の請け負った大きな仕事の旅は終わりを迎えようとしていた。そしてまた、誰にも邪魔されず研究に勤しむ日々が訪れることになる。
「これでお別れかのう? ハイディスはともかく、わしは貴様といっしょにいるのが好きだったんだが」
「んー? なに言ってんのさ、まだ終わりじゃないよ」
「……? いや、しかし魔物発生の原因はもう、」
「まだ王様に報告が済んでないだろ? 行くんだよ、君たちもね」




