第78話「あまり関わってはならない悪友」
大英雄と怪物の争いは熾烈を極めた。何人も割り込むこと叶わずの戦況は、徐々に変わり始めていく。──明らかにエイリアの劣勢で、だ。
彼女の持っていた杖は魔力の消耗を軽減し、魔法の威力を大きくあげる効果があったが、先のブリッツのスケルトンと戦ったことですでに破損。そのうえテュフォンという怪物の前ではとても耐えきれず折れてしまった。
まだ戦えているのが不思議なくらいだった。
「やるねえ。あんまり近付かせたくないんだけど、君を相手にしているとあまりの難しさに吐き気がしてくるよ。いくらなんでも強すぎないか?」
「こちらのセリフだ、エイリア・ファシネイト。本当に人間か、お前は」
どんな相手が前に立っていても動揺しない自信があった。しかし落ち着かない。興奮というよりは不安、あるいは不気味な感覚に襲われた。魔導師とはいえたかが人間だと思っていた相手が、武器とも呼ぶべき杖を失ってなお立っている。それも多少の擦り傷だけで、だ。
今までに感じたことのない違和感。もしやと自分の負ける姿が頭をよぎり、ばしっと叩いて追い払う。
「俺はどこまでも恵まれていた。身体能力、洞察力、魔力……あらゆるものが宿り、最強の名をほしいままにした。神さえ殺し、魔王という座を蹴って、いつか対等な存在が現れるのを望んだ。ドラゴニュートは、こと戦いにおいて目がない種だ。強さを求め、スリルをエサに生きていくような魔物だ。にもかかわらず!」
エイリアを指さして彼は吼えた。
「なぜお前は食らいついてこれる!? 人間というこの世界でもっともひ弱な生物が、どうして戦闘種族とも呼べる俺のようなドラゴニュートを相手に!」
彼女の疲労は見て取れた。息も細かく切れていて、額には冷や汗が滲んでいる。劣勢のなかをもがき、怪我もして、それでも瞳に諦観や敗北とった様子はなく、むしろ異常とも思えるような熱気さえ感じられた。
「さあ、なんでだと思う? 君には理解できないだろうね、追い詰めているはずの相手に、逆に追い詰められているような感覚は。だから聞いてくれたまえ、これはひとつの私から言えるつまらない感想でしかないんだが」
足下にある落ちた杖の柄を拾い上げ、フッ、と笑う。
「たしかに強さという点で言えば君は神すらも屈服させられる実力を持つ。それゆえに経験がないんだ、負けるという根本的な経験が足りてない。常に自分より下の者を相手にして圧倒的な差を見せつけ、退屈だと思う一方で愉悦を感じていただろう? だから怖いんだよ、負けることが。そして君は──今日、ここで私に負ける」
杖の柄を足下に落とす。折れた先が地面に触れるやいなや巨大な魔法陣を創った。聖獣を呼ぶときよりも強烈な魔力の波動に、離れてみていたハイディスたちでさえ目を剥いて驚く。
「悪しき願いよ、響け。胡乱なる祈りよ、邪悪に染まれ。命を蝕む絶望の輝きと共に我が言葉に応じろ。禁忌召喚魔法──〝アポフィス〟」
魔法陣から間欠泉のように噴き出したどす黒い魔力がエイリアを包む。誰もが異質な光景を見守る。しかし立っているのはエイリアだけにしか見えず、何かが召喚されたようにも思えない。
「……は、エイリア・ファシネイトよ。召喚魔法を使うのに、いささか魔力を消耗しすぎたんじゃないのか? 何か変化があったように見えないが」
「まさか。きっちり成功してるとも、よく見たまえ」
彼女の肌には何かが這ったような跡がある。否、それはあざとも見えた。最初はよく分からなかったテュフォンも次第に妙な気配を感じ始めて身構えた。
「ああ、流石に賢いね。でも気付くのがすこし遅かったな」
その異変は彼女の瞳にも表れた。蛇のような縦長の瞳孔がギロリと視界にいれた瞬間、彼はビクッとした。おぞましい何かに睨みつけられ、身動きが取れなくなったのだ。指一本、いや、目さえ動かせない。
「こいつは実体を持たない私の友人、アポフィス。封印されて普段は深い眠りの中にある。召喚にも応じてくれるかどうか気まぐれな奴でね。──神々の敵とも呼ばれる存在。そいつが私の魔力を喰らうことで能力を貸してくれるのさ」
平気そうにしてはいるが、今にも倒れそうなほど魔力を喰われるペースがはやい。気まぐれが起こす暴食に文句を言いたくなった。
『エイリア。おお、エイリア。久方ぶりの魔力だ』
頭の中にひび割れた聞き取りにくい声が響く。
『体を貸してくれさえすれば、あんな雑魚すぐに殺すのに』
彼女はその言葉を無視した。もし体を貸せばテュフォンどころか自分まで殺される。肉体を得て邪神として復活する気なのは見え見えだ、と。
「私が聞きたいのはひとつだけ。手伝うのか、手伝わないのか」
問われたアポフィスは愉しそうに答えた。
『冷たいな、それがいいんだ。貸してあげよう、エイリア。いかなる敵の生殺与奪も常に君と共にある。──たとえ相手が神殺しであったとしても』




