第61話「あいつは寂しがり屋だから」
────森に戻ったのはフラッドひとりだけだった。
「どうして連れて戻らなかったのですか!」
そう大声をあげたのはカレンだ。彼女はすべてが終われば、エイリアとともに旅へ出るつもりでいた。自身の不甲斐なさからエイリアが自分たちに代わって働いているのに、のうのうと森で結界を張ってのんびり過ごすなど考えられなかった。
「まあまあ、そう怒るでない。これはすべてエイリアの選択だ」
差し出したのは丸められた一枚の紙。フラッドと別れる際にしたためた魔法の紙、開いて一定の時間が経てば消えてしまうので証拠として残ったりもしない便利なアイテムだ。杖といっしょに持っていた貴重品を惜しげもなくエイリアは使っていた。
『カレンへ。君に何も言わず旅を再開すること申し訳なく思う。責任感の強い君のことだから、きっといっしょに旅をしようとしたはずだ。けれど、ブリッツたちを見つけるのには大きな危険が伴う。どうかフラッドたちと手を取り合って森で過ごし、いつか私が良い報せを持ち帰るのを待っていてほしい。──君の親愛なる大魔導師より』
別れの手紙。危険を伴う旅がともに出来なくても、彼女ならオーガたちを護るくらいはできるだろうというエイリアの信頼が伝わってくる。カレンは肩をがっくり落として元気をなくす。
「そうですわね、私にはもう杖もないから……」
魔力を高めるための杖。それがあって初めて彼女は自身が英雄たる存在であると理解していた。今の彼女は、どこにでもいる優秀な白魔導師でしかない。
「だがのう、カレンよ。貴様には知恵があるだろう? ワシらオーガというのは人間社会に疎く、身を隠して生きるしかない。見つかれば住処を移して生きてきたが、いい加減定住できる場所が欲しいと考えておる。それには貴様の知恵が必要じゃ」
慰められて、カレンはうっすら浮かべた涙を指で拭う。
「私なんかにできるのか不安ですわ。でも、必要というなら……」
「ウムウム! 泣いてばかりはおれぬぞ、仕事が残っている!」
フラッドがばちんと指を鳴らす。
「ケイリ、ファルトン! この森そのものにカレンが結界を張るから、彼女が他の魔物や動物に襲われぬよう護衛せよ。貴様らにならできるじゃろう!」
呼ばれたオーガのふたり組が出てくる。どちらも屈強で背もフラッドの倍近くあり、角もそこそこ大きい。里のなかではフラッドほどとは行かずとも実力者なのだと分かる。護衛としてはじゅうぶんすぎるくらいだ。
「フラッド、あなたの言う通りですわ。私も、エイリアに託されたのならしっかりしなくては! このオーガの里をかならずや彼女が戻って来るまで守り抜いてみせます!」
結界は当人がいなくても魔力さえ与え続けていれば持続される。オーガたちの中にも魔力を持つ者はいるので安全ではあるだろうが、カレンの魔力はたとえ杖がなくとも大魔導師を名乗れるほどに相当なものだ。維持だけにとどまらず強度にいたっても格が違う。
さっそくと出発したカレンを見送って手を振り森のなかへと消えていくまで待ってから、フラッドはすぐに他のオーガの何人かに声を掛けた。
「干し肉と水を用意してくれぬか、しばらく里を留守にする」
「えっ? し、しかし首長がいなくては……」
「カレンがおるじゃろ。あれを頼れ、ヤツは良き人間じゃ」
絶対に裏切らないことをフラッドが保証すると胸を張る。エイリアという彼女にとって最も誇るべき、そして愛するべき親友が信頼した仲間だから、と。
そこまで言うのなら、ほかのオーガたちが口答えをする理由はない。言われたとおりに干し肉を多く布に包み、木彫りの筒に水を溜めて栓をし、持ち運びしやすくするために長い紐で縛り、肩から掛けられるようにして渡した。
「……なんぞ、こんなにたくさん。まるで子供の身支度じゃのう」
「そう言わずに。多めに持たないとすぐ無くなってしまいますから」
里でもフラッドは大喰らいとして知られているので、旅をするともなればすぐに腹を空かせてしまうのではないか。野垂れ死んでしまわないだろうか。そんな心配が彼らのなかにはあるようで、フラッドは「かもしれぬ」と少しだけ照れた。
「それにしても、首長はどちらへ行かれるのですか?」そう尋ねられて、彼女はずっと遠くを見つめるように視線を空へ流して、フッと笑う。
「ちょっと寂しがり屋の背中を叩いてやろうと思ってのう」




