第62話「これからの旅路を共に」
エイリアもフラッドも、自分のやると決めたことは最後までやり通す性格だ。カレンには内緒でこっそりと里を抜けたあとは『きっとかなり怒っているだろう』と思いながらも、受け取った食糧と水を持って森を駆け抜けた。
もともと魔物であり、身体能力に優れたフラッドの足は本気を出せば馬など目じゃない速さで走ることができる。あっという間に王都の近くまでやってきて、鼻をヒクつかせた。
「……ムム、なるほど。そう離れておらんのう」
においを辿って草原を駆け、やがて前を走る馬車に追いつき軽やかな身のこなしで荷台に乗り込む。いつでも寝首を掻けそうなほど油断の見える背中に、そろりと近付く。ひとつ背中を叩いて脅かしてやろうとした、そのときだった。
「悪いが君のための薬なんか積んでないよ」
ぎくりとして足が止まった。がっかりだった。
「なんじゃ、気付いておったのか。つまらんヤツめ」
「そうかい? 私は君のことが面白いように分かるけどな」
「嫌味なヤツじゃのう。……ふん、だから食糧も多めにか?」
エイリアは振り返らない。背後でニヤつくフラッドを見るのが少しだけ恥ずかしくなって、手綱を握り締めて流れる景色に視線を向ける。
「言っておくけど、あまり必要以上に食べてくれるなよ」
忠告を受けたフラッドは堂々と積んであった箱のなかにあるリンゴをいくつも抱えて御者台に移り、エイリアのとなりにどっかりと陣取った。
「ふふん。貴様の言うことなど聞いてやるものか」
しゃく、と気味良い音をさせて彼女は満足げに言う。
「こんな美味いものが目の前にあったら、誰とて手が出てしまう」
「贅沢言うな、私は英雄だが貧乏人なんだからさ」
「なに、安心せい。ワシの貰ってきたメシを分けてやろう」
持ち込んだ干し肉を小さく食いちぎり、くわえたそれを手に取ってエイリアの口に無理やりねじ込む。若干嫌そうだったが、数口噛めば小さな声で「美味いな」とつぶやいた。
「最近は肉ばかり食っておったからのう。やはり果物は良い」
「私やカレンの分も食べてたからな。……だけど、いいのか?」
「んぐんぐ……ム? なんの話じゃ?」
「オーガの里を出てきたらみんな困るんじゃないの」
首長であるフラッドは誰よりも強いオーガだ。彼女の存在が彼らを常に不安から守ってきたのは事実で、エイリアの懸念はそこにあった。
「そうかもしれぬ。だが、今はカレンがおるじゃろ。あの小娘は貴様が想っているよりもずっと役に立つ女よ、まったく問題なかろう。ワシは信じておる」
「まあ君が言うなら別にいいけどさ、私は」
馬車は草原を駆ける。遥か遠くに見える山脈を目指して。
エイリアの横顔は嬉しそうで、あえて口には出さないのをフラッドは黙って受け入れ、リンゴを芯まで食べつくす。
「ああ、そういえばひとつ思い出したんだけど、君に謝っておかないといけないことがあるんだ。ずっと隠し通せるとも思ってないから」
「……むん? なんじゃ、貴様がワシに隠し事とは」
頭をぼりぼり掻きながら、彼女は言った。
「昔、魔王を殺しにいったときにオーガと戦ってね。ゴレスだっけ、ソイツの角をへし折って研究材料にまでしたことがあるんだよ。……口が裂けても言えない墓場まで持って行くつもりの話だったんだが、いっしょに旅をするなら伝えておくよ」
腐ったりんごをひとつ見つけたフラッドが、道端にぽいと投げ捨てた。
「なんじゃ、どうでもいい話じゃのう」
「……あれ、怒らないんだ。てっきりブチギレるかと」
「とうの昔に死んだしのう」
ゴレスは魔王城でエイリアに角をへし折られたあと、里に戻って大勢から非難を浴びた。仲間のためとはいえ独立したオーガという種が魔王に従っただけでも嫌われたが、それ以上に立派だった角が折られ、弱いオーガとしての烙印を押され差別を受けたことで、みずから命を絶ってしまったという。
フラッドはそれを悲しい思い出だとは言ったが、かといって同情ばかり出来るほどゴレスも立派だと胸を張れるような行いはしていないと断言した。
「死した者は残念じゃが、ワシらに必要なのは『これからを生きる者』じゃ。共に手を取り合って前に進める仲間が。今はそういう時代じゃろ? 魔物は変わらずどこからともなく湧いてくるが、それでも穏やかな世界に変わりつつあるのは事実じゃ」
エイリアの腕を肘で小突いて、フラッドはニヤリとする。
「──だからよろしく頼むぞ、相棒。せいぜいワシの機嫌を取るようにな」
「ぷっ……フフ、はいはい! わかりましたよ、首長様」




