第60話「退屈しない、幸せな時間だった」
「ファッ、ファシネイト! か、彼女が突然魔物に! まさか私が原因でなにか引き起こしてしまったんじゃ……ど、どうしたらいいですか!?」
デランケは薬草学に長けているが、完璧とは言いがたい。ときどきエイリアの研究を手伝いながら自身も薬学の勉強に努めるだけあって、まだ知らない効能も存在していると彼自身理解している──のが影響してか、彼は戸惑いを隠せない。こんな事態もありうると勝手に認識してしまっていた。
これを好機だとみるや、エイリアはそっと彼の傍に近寄って。
「いいかい、デランケ。こんなことが公になっては君が困るだろう? みたところ彼女にはまだ意識があるから、いまのうちに町のそとへ連れ出して私がどうにかしておいてあげよう。安心したまえ、彼女が人間に戻れる可能性もある。そうでなければ……」
まんがいちの事態になったら彼女が自身の手で始末する。そんな意味のある沈黙に、デランケは心から残念そうにしつつも、目涙を浮かべて「感謝します」と述べた。
「さて、フラッド。君は今、どんな状態かな?」
ぱちくりとウィンクをする。嘘でいいから適当に演技しろ、と理解したフラッドはすこし考えてから、わざと肩を落としてみせた。
「とても疲れてる。からだがいたい、頭もずきずきする」
「なるほど、症状としては軽いが安心はできないな」
実際、町中は結界に守られていて、彼女は魔物のなかでも通常よりはるかに頑丈なだけで多少の痛みはあるのだろうと分かる。よしっ、とエイリアは手を叩いた。
「デランケ、ワープ用のポータル石はあるかい?」
「えっ、ああ! ありますけど、どうするんですか」
「そとへ出る。町を守る結界が害になってるはずだからね」
フラッドの身長や角の大きさから考えて、隠れてそとを出歩くのは不可能だ。エイリアといえども気配を消すことはできても人々の視界から消え失せるような都合の良い魔法や薬品は持ち合わせていない。ワープで直接魔法点からそとに出るのがもっとも確実だ。
店の奥から慌ててデランケはポータル石を持ってくる。
「貴重なものですから、これしかありませんが」
「問題ない。十分な大きさだよ」
ポータル石は大きさで移動できる距離が変わる。それだけ魔力を充填できるかどうかが重要だった。すぐにフラッドをひょいと抱えて「じゃあ充填をお願い」とデランケに頼む。彼の魔力だけでもじゅうぶん移動は可能だ。
「ではファシネイト、あとはよろしく頼みましたよ!……できれば、彼女が人間に戻れることを祈っております」
「はいはい、期待はしないでね」
ポータル石は光り輝き、町のそとへの道をつくる。
「次来たときには値段を安くお願いするよ。じゃあ、私に任せておきたまえ。この完璧な大魔導師であり大英雄の私に掛かれば、なんてことのない話さ!」
そうしてポータルを潜り抜けたふたりは王都から遠く離れた草原に出る。ゆっくりと道は閉じられ、デランケを騙してなんとか山場を乗り越えた、と大きなため息をつく。
「びっくりしたあ……。正直心臓が止まるかと思ったよ」
「貴様の薬の効力があんなに早く切れるとはのう」
「それだよ。本当ならもっと長く続くはずだったんだが」
ドクハミの影響で薬の効果時間が大きく減少してしまったのだろう。あやうくすべての計画が台無しになるところだった。
「ま、なにはともあれ上手くいって良かった。権利証も得られたわけだから、これで君たちの大事な里はカレンの手で守られたってことさ。……良かったね」
「うむ! 皆もきっと喜んでくれるぞ!」
トラブルはあったものの、森の権利証を得られた以上は彼らが王都の魔導師たちに住処を奪われたり、虐殺される危機は完全に去った。カレンの手助けもあれば、近寄る者もいない。フラッドと仲間のオーガたちは、これから森で安寧の生活を得られたのだ。
「もう安心だね。……里に帰ったらお別れだな、フラッド」
「む。そうか、貴様は旅を続けるのであったな」
エイリアの旅は続く。フラッドと違い誰かに縛られているわけでもなく、その身ひとつでどこへだって行ける以上、受けた仕事は最後までやり遂げなければならないものだ。そのくらいの常識的な責任感は彼女も持っていた。だが、それでも自分が心を許した相手と別れるのはいくらか寂しいものがあった。
「良い旅だった、君がいてくれたおかげで退屈しなかった。──本当にありがとう。これからの旅にも君のようなヤツがいるのを、すこしは期待してもいいかもな」




