第59話「焦ったら大事なことでも忘れたりする」
「大丈夫か、フラッド!? ちょっとこっちへ!」
幸い、ふたりのどちらもが声をあげなかったので周囲の視線を集めることはなく、エイリアは自分のローブを彼女の上から被せて手を引っ張った。
「ぬおっ、ど、どこへ連れていくんじゃ!」
「知り合いが経営してる薬草店だよ、私より詳しいからな」
フラッドの症状は、おそらく濃度の高い薬品を頻繁に服用した──それも量が多いため──からだろう。本来ならエイリアのつくる薬品ではありえない事態だったが、フラッドたちオーガの成り立ちが人間から始まっているので体質的に出にくかっただけで、人間と魔物の違いがそうさせた可能性は高い。
駆け込んだ薬草店はエイリアの馴染みで、もっとも信頼できる知識を持った店主が経営しているから、フラッドの体調をすこしでもマシにできるかもしれないと急いだ。
「お久しぶりですね、ファシネイト。何かお探しですか?」
「デランケ、実は頼みたいことがあって来たんだよ」
店主の落ち着いた雰囲気の青年、デランケは彼女が手を引いて連れている少女を見て眉間にしわを寄せながら「どこから誘拐してきたんですか?」と悪びれもせず尋ねる。
「誘拐じゃなくて保護だよ! 失礼なヤツだな!」
「……申し訳ない、あなたが保護するのは想像できなくて」
行き場のない子供を見つけたら薬の実験台にするか、あるいは瓶詰にでもしていそうだとデランケが笑う。フラッドも同調するように──しかし表情を悟られないよう顔を手で覆って──肩を震わせていた。
「チッ、いやなやつらだな。まあいいよ、それはともかく相談したいことがあるんだが、デランケ。君なら薬草に詳しいだろうと思って聞きたいんだ」
フラッドに飲ませた薬品の過剰摂取について話し──彼女が魔物であることは伏せながら──症状を和らげることができないかと尋ねる。真剣な目をしているので、デランケもふざけた物言いをしたりせずにしっかり耳を傾け、それから「待っててください」心当たりがあるのか、部屋の奥へ入っていく。
持ってきたのは乾燥させた根っこだ。
「ドクハミという植物の根です。まだ観察と研究の途中ですが、魔物の毒を投与した動物の解毒に成功したと報告があります。理由は聞きませんが、過剰摂取をして毒素が体内にたまっているのなら使ってみる価値はあるでしょう」
すりつぶして粉にするとティースプーン一杯の量を水といっしょに飲ませる。かなり苦く、フラッドはまたしても涙目になっておえっと舌を出す。
「これでしばらく安静にしていればよくなるかもしれません」
「ありがとう、デランケ。じゃあ、少し預かっててくれる?」
「えっ。ファシネイト、あなたはどちらへ」
「王宮に用事があってさ。すぐ戻るからお願い!」
両手を合わせて深く頭を下げる。彼は仕方なさそうにため息をつく。
「わかりました。一時間経ったら迎えにきてあげてください」
「話が分かるひとで助かる! じゃあフラッド、少し待ってて」
「……うん、待ってる」
なにか困っていそうな表情だったが、エイリアは気付かずに薬草店を飛び出して足早に王宮へ向かった。どこへいっても最近では歓迎されないことにガッカリしながら近衛隊に事情を説明し、すぐに謁見まで至る。
自分が受けた仕事の進捗を語り、魔法院との決闘の末に森の所有権を主張することから、カレンが生きていた事実までを説明する。いささか渋られたが誓約書を手に入れられて、挨拶も軽いもので済ませて彼女は急ぎフラッドのもとへ帰っていく。
「まったくあの王様ときたら私がまた好き勝手してると思いやがって。いつか痛い目みせてやるからな、たまにはしっかり働くっての!」
丸めた誓約書で肩をぽんぽん叩き、悪態をつく。店まで戻ってきて扉を開けた瞬間に、店内から悲鳴が響いて慌ててなかに入った。
「どうした、デランケ。なにか────あっ!」
驚いて腰を抜かすデランケの前には、薬の効力を失って元のすがたに戻ってしまったフラッドが、やはりかと言わんばかりに額に手を当てて立っていた。




