第49話「寂しいけど必要な別れもあるはず」
社交的で明るく、真面目で優しい。誰からの信頼も厚いのはエイリアとは真逆だ。彼女こそ英雄のひとりとして讃えられるにふさわしい。だが精神的な部分ではひどく脆いのがカレン・リーベルタースという英雄の弱点とも言えるだろう。
そんな人間が魔物を庇ったと知れては、人々からどのような罵声が浴びせられるかは火を見るより明らかだ。ここで引き返せば平穏な暮らしが待っている。無理をして一緒にいるだけ彼女が損をするのはもったいない。英雄として、白魔導師として、陽気に満ち足りた首都での人生が手に入るのだから。
「私はさあ……結局、君たちのように栄華の下で剣や杖をかざして民の支持で生きられるほど真っ当じゃない。泥くさい森のなかで薬品に塗れてるか、あるいは魔物の血や肉で実験を繰り返す狂気に溺れているほうがお似合いだ。だから魔物を庇ったって『ああ、ファシネイト家の娘はやはり頭がおかしいんだ』で済む話なのさ。でも君は違う」
環境に恵まれ、才覚を持ち、あらゆる困難を乗り越えてきたカレンは、やはり人々の英雄であるべきだ。向けられた期待に応えられる力がある。これ以上関われば、彼女は本当の意味でエイリアよりも居場所を失ってしまいかねない。
「そんな。わたくしだって、それくらいの覚悟──」
「あればどうにかなる問題じゃないでしょ」
「うぐっ……そ、それはそうですけど……」
「君さ。ひとりだけ平穏に生きることがずるいとか考えてない?」
エイリアは杖を握りしめ、その先をカレンへ向けた。
「いいかいカレン。生きる道はだれでも自由だ、どんな手段であれ自分が最も快適であればいい。誰にも恨む権利はない。もういちどだけ言う、引き返せ。君はここにいて良い人間じゃない。もし帰らないと言うのであれば────私がここで殺してあげよう」
そもそも彼女は現時点で死人として扱われているし、仮に殺してしまっても魔法院の者たちにはエイリアが『自身が利益を得るために幻覚を彼らに見せた』とでも適当に嘘をついて、下級魔導師の報告と比べれば信ぴょう性は高い。
「どうするね、カレン。ここで私と戦う覚悟があるかい?」
「……せっかく仲良くなれたと思ったのに」
目を潤ませて小刻みに震えるカレンは訴えかける視線を投げる。小さな手をぎゅっと握りしめて「残念ですわ」それだけ言って、くるりと背を向けた。
(悪いね、カレン。君を悲しませるつもりはなかったけど、仕方ないんだ。君はもっと陽の光を浴びた場所にいるべき人間なんだから)
白魔法しか使えないカレンでは正面から挑むのは無謀だ。立ち去るしか選択肢はなく、エイリアはそれを分かっている。肩を落として震える後ろ姿に申し訳なさをおぼえながら、彼女をその場に残して、エイリアも残念そうに里に戻った。
里では事態をフラッドから聞いたオーガたちが集まっていて不安を抱えていた。戻ってきたエイリアに、どうなったかを聞こうと飛びつかんばかりの様子で「魔導師たちは帰ったんですか」と尋ねてくる者もいたが、彼女はひとまず落ち着くよう言って、全員が意識的に耳を傾けられる状態になってから。
「魔導師たちは帰った。なんとか言いくるめたから、たぶんここには来ないと思う。……けど、念のため君たちには里を移してほしい。あるいは、何か報酬を差し出せるというのなら私ができるかぎり強力で気付かれない結界を張ろう」
それから、とエイリアは彼らが喜んで騒いでいるなかにぽつりと言った。
「カレンは私たちと別れさせることにした。彼女は人々にとって必要な存在だ。私たちといるべきじゃないと判断して、私が追い払った。だから────」
フラッドが目を細めて、彼女のうしろを指差す。
「では、その後ろにいるアホそうな笑顔のヤツは誰じゃ?」




