第37話「人間はそんなに頑丈ではない」
「と、ところで結局どうされるのです? もし先に狩りに行くのでしたら、準備とかはしませんの? 装備を整えるとか……」
カレンの質問にふたりはきょとんとする。
そもそも魔物であるフラッドに装備など必要ないし、エイリアに関しても杖はふだん見えていないだけで所持している。なにも持っていないのは彼女だけだ。
「うう、もしかしてわたくしだけ何もないと……」
「でも君の白魔法は杖がなくても使えるだろ?」
目に浮かんだ涙を指でぬぐって、こくりと頷く。
「……使えますわ。杖があるときほどではありませんが」
英雄のひとりであるカレンも、エイリアほどではないが融通の利く魔力の持ち主だ。すこしくらいの重傷であれば簡単に治療できるし、解毒も失敗などありえない。人命救助という点においては彼女に並ぶものはないだろう。
ただひとつ難点をあげるなら、もし死にかけるほどの怪我を負ったのであれば、とても治療が間に合わないということ。エイリアの魔法薬と深緑の宝玉は回復速度を上げられて、彼女の自信にも繋がるもので、その片方が欠けているのにショックを受けていた。
「あー、そう、あの宝玉ね。うん」
「そうじゃのう、無いものは仕方ないのう……」
今頃は湖の底にある、とは言えない。カカロ村からはずいぶん離れてしまったし、回収しに戻るのもおっくうだったふたりは何も見なかったことにした。
「さ。食事も済んだし、そろそろ出発しようか」
「そうじゃな、ワシもほどほどにして狩りに気合を入れねば」
「お、やる気だねえ。カレンはどう、大丈夫?」
「まあ、おふたりなら心配もいらないでしょう。ついていきますわ」
「オーケー。しっかり守ってあげるから安心してくれ」
進路を変え、町に向かう前に遠くに見える岩山群──ガルバリ山脈へ向かう。植物もほとんど生えない場所だ。登っていくなどもってのほかで、魔物も竜種のみならず、他にも存在しているだろう。念のため警戒心は持つようにした。
そして再び馬車を走らせながら、フラッドが荷物を盗み食いするのを諫めつつ、ときどき馬を休ませる。空は雲行きが怪しく、しばらくしたら雨が降り出しそうだった。エイリアは近くに雨宿りできる場所がないかを探す。
「うーん、いい場所がないな……。森、森ならあるけど……」
「また森のなかで過ごすのか。ワシはいい加減飽きてきたのう」
「飽きでびしょぬれになったら、困るのは私たちだろ」
「濡れても進めば良いではないか。体が濡れると問題なのか?」
魔物のフラッドには衛生といった概念の一部が人間とは異なる。腐ったものやあからさまに汚れたものを食べるといった習慣はないが、雨くらいで何をぬかすか、とふたりを軟弱者扱いする。
「あのね、フラッド。私たちは魔物と違って、雨にぬれたりすると体温を奪われて体調が悪くなるんだよ。程度にもよるが、基本的に風邪を引く原因にもなる。熱が出たら体がだるくて動けない。どれだけ健康自慢なやつでもね」
「ふーん、そういうもんなのか。気は乗らんが、なら仕方ないのう」
人間は弱い生き物だ。些細な傷でも致命的になるときがある。戦うときは恐れを知らないくせに、そんなところには気を遣うのかとフラッドは意外そうにしながらも、彼女たちの意思を汲んで、ひとまず荷台に寝転がった。
「ではワシは寝る。カレン、ひざまくら!」
「……えっ!? あ、はい、どうぞ……?」
戸惑うカレンにお構いなしで眠り、フラッドは小さないびきをかき始める。エイリアは振り返って彼女の寝すがたに「猫みたいなヤツだな」と笑った。




