第36話「口が裂けても言えないことはある」
「そいつは名案だな、フラッド。魔物の味は君のほうがよく知ってるか」
最初は安くてもいい。細かく切り捌いて薄利多売でも利益さえ出て、数日は町で過ごせるかどうかだけだ。カレンもうんうん頷いて「魔物がもし食糧となるのでしたら、新しい可能性も切り拓けますわね!」と乗り気だった。
「だねえ。魔物は理性がそこまで働いていないから獣と違って警戒心もなくて図々しいし、結界が張ってるとはいっても侵入されたら、畑も家畜もめちゃくちゃになる。彼ら自体を駆逐するんじゃなくて食用化ができるなら大いにアリな話になるだろうね」
視線は遠くの岩山を見上げる。今のところ竜ばかりが目につきがちだが、その地固有の奇妙な特性を持った魔物たちもいる。いくらエイリアといえども油断していては、魔物相手なら死んでもおかしくない。少し考えてから。
「フラッドひとりで行ってくるってアリ?」
「ナシじゃ。なぜワシがひとりで面倒くさいことを」
「ほとんどが君の食費で消えてるんだが、それに罪悪感はないのか」
「感じてるくらいなら食ってばかりなどおらぬ」
「自覚はあるんだな、ちくしょう。すごいムカつく」
何も分かってないな、と小馬鹿にするように息をついて肩を竦めたフラッドをいますぐにでも消し飛ばしたい気持ちになりつつ、果物に手をつける。
「結局どうするんですの? これから。みんなで山に?」
「生活のためのお金は要るからね……英雄が貧乏とか恥ずかしくて無理」
「まったくですわね。きっと哀れに思われてしまいますわ……」
フラッドには、ふたりが何をそこまで気にするのか分からない。もらえるものはもらっておけばいい、そんなふうに堂々としている。
「人間というのは、いちいち他のやつからの目を気にするものなんじゃなあ」
「うーん、なら君たちに置き換えて考えてみたまえ」
魔物といえどオーガは知性がある。彼らにとっても『恥辱』と呼べることのひとつやふたつあるはずで、エイリアに尋ねられると、彼女は腕を組んで首を傾げてしっかり考えてみる。たとえばどんなことだろう、としばらく。
「……あ。たしかに、それなら貴様らの言うことも分かる気がするのう」
「お、本当にあるんだな。君たちオーガにとっての恥ってなんなの?」
「角じゃ。今は見えておらぬが、ワシらには立派な角があるじゃろ」
ぺちぺちと自分の額を叩く。
「どれだけ強くても折られるようなことがあれば……別に責められたりはせぬし嫌われることもないが、気を遣われることはある。それが嫌じゃのう」
オーガにとって角の大きさは強さの象徴だが、折れたからといって弱くなることはない。なので角がもとから小さい者と違って差別的な視線で見られたりはしない。けれども折られたときのすがたを見たときの周囲の視線は胸が痛くなる、と彼女はかつてそうした仲間がひとり、自ら命を絶ったことがあると話した。
「それは唯一、ワシが悲しいと思う過去じゃ……。もちろん、角が小さいからと差別されていい理由もないが、角が折られた者のほうが精神的苦痛は大きいじゃろう」
「……そっか。いい仲間だったんだね、そのオーガは」
「ウム。ゴレスという、里ではワシの次に角の大きいヤツじゃった」
懐かしむような彼女の視線が遠くへ向けられる。いっぽう、エイリアとカレンは食事の手をとめてびくりと体を跳ねさせ、心底気まずそうな様子に変わる。
(……カレン、ゴレスって魔王のとこで戦ったヤツじゃん)
(エイリアが研究の材料とか言って角をへし折った方ですわね……)
名のある敵はよく覚えている。とくに魔王の配下ともなれば。
かつて打ち倒したオーガのなかに腕自慢で『里の同胞に自らの強さを示すため』と言って、とにかく熱血な雰囲気を持っていた者を思い出し、そんな相手を一方的に倒したあと『オーガの角って削って粉末にしたら何かに使えないかな』と強引にへし折って、仲間からもドン引きされていた当時の記憶がよみがえる。
「なんじゃ、ふたりとも。そんな悲しそうな顔をして」
「な、なんでもないよ。大変だなって思っただけさ……」
この真実は墓場まで持って行こう、と決めた。




