第38話「雨宿りには最適なんだけど」
そうこうしているうちに雨はぽつぽつと降り出して、本格的になる前に森のなかへ逃げ込んだ。カカロ村近くやエイリアが暮らしている森とは違って空を覆う自然の屋根に守られながら、雨宿りができそうな場所を探す。
「うーん。カレン、なにか見つからない? 洞窟とか」
「見当たらないですわね。どこを見ても草むらか大木ばかりで……」
「聖樹クラスの大きなところなら木の根元で休めそうなんだけどなあ」
困っていると、獣さながらのいびきをかいていたフラッドがぱちりと目を覚ます。ふんふんとにおいを嗅いで、周囲をきょろきょろと見渡した。
「懐かしいにおいがするのう。ここはどこじゃ?」
「知らないよ、私たちも初めて来る森だから」
「そうか。ワシの棲んでいた森とにおいが似ておるわ」
彼女は湿地のにおいがするのをなんとなく嬉しく思っているようで、エイリアが「なんでそんなに楽しそうなの?」と尋ねると、御者のほうへやってくる。
「昔、ワシらが小さき頃はよく沼で遊んだものじゃ。底の分からない深さをした場所で泥だらけになって、何人か沈んだまま浮いてこなくて、当時の首長にはキレられたこともある。ワシも頭にこぶができるほどだったのう……」
里から抜け出してしばらくが経つ。道に迷い、ふらふらとあちこちを彷徨い続け、決してエイリアとの旅が楽しくないわけではないが、帰れることなら帰りたいと願った。きっと仲間たちにも大いに心配をさせているはずで、彼女は自分が情けなくなった。
「いつかは戻れるのかのう……ワシの棲む森がここであればよかったのに」
カレンが項垂れる彼女の背中をやさしくなでて慰める。
「案外、この森がそうかもしれませんわよ。フラッドは道に迷いやすいのでしょう? 記憶にある景色との食い違いがあるだけかもしれませんわ。雨がやんだら、少し散策するのもいいと思いますの。エイリアも同じ意見ですわよね?」
振られてエイリアは「そうだね」と返しつつ、正面を向いてうざそうな表情を隠す。そんなことをしている暇があるのか? と言いたくなるのをこらえていた。
「とにかく今は雨宿りできる場所だ。このままだと本降りに襲われる」
「ム……それならワシに任せい」
御者台に移ってきたフラッドが、揺れる馬車の上で仁王立ちをする。じっと目を凝らし、においを嗅いで「あっちじゃ」と指を差す。何度かそうして彼女の言葉に従いながら森を進めば、なんと洞窟を見つけることができた。
「うわっ、本当に洞窟がある。……おや、しかもこれは人工的なものか?」
御者台を降りて確かめにいったエイリアが見たのは、どうみても階段だ。自然に作られた洞窟ではなく、人為的に誰かが掘った形跡があり、ところどころに何かの燃えかすらしき炭の破片が落ちている。
「木の燃えかすかな? よくこんな遠い場所のにおいを辿れたね」
「湿気のせいで分かりにくかったが、仄かに腐ったにおいがしたのでな」
「えーと、うん。……腐ったっていうと、たとえばその、何が?」
「肉。腐敗した肉のにおいじゃ。たぶん人間のであろう」
エイリアとカレンはなんとなく嫌がったが、フラッドは堂々とした様子で降りていく。人間が死んでいるなど、彼女にとっては虫の死骸を見るのとそう変わらない。
「おいおい、待ちなよ。灯りもなしに行くのか?」
「ワシは暗くても見えるからの。ほれ、はやく行くぞ」
足取りの軽いフラッドが暗闇に溶けていくのを見て、ため息がでる。
「……仕方ないな。カレン、君はどうする? 待っててもいいけど」
「い、い、行きますわ! 全然怖くありませんもの!」
明らかに涙目になっているが、所詮は死体が一つ転がっているだけ。エイリアは雨に濡れるよりはマシだと彼女に言い聞かせ、杖を取りだして、杖の先に魔力で軽く炎を灯す。「さ、足下に気を付けて」とカレンの手を取り、転ばないよう慎重に階段を下りた。




