第28話「初めて死を覚悟した瞬間」
「冗談キツいって! フラッド、今助けてやるからな!」
腰まで深い場所で杖を高く掲げる。青白い輝きを杖に纏わせ、詠唱を始めた。
「激流を御する水の守護者よ! 我が祈りと共に────って、こっち来てる来てる! 唱えてる暇ないんですけど、ちょっとまって!」
離れていった湖のヌシ。その影が途中で止まると引き返して水面を背びれで切りながら突っ込んで来るのに、ぼうっと呪文を詠唱していては今度は自分が食われてしまうと撤退を始める。だがそこは人間。巨大魚のスピードに敵うはずもなく、必死に逃げるが追いつかれるのは目に見えていた。
『うおお! 俺が助ける、待ってろ!』
緊急事態を察したガントが大木で作ったこん棒を握り、巨大魚目掛けてぶん投げた。ただし、距離を見誤ってこん棒は勢いよくエイリアの真横すれすれを通って巨大魚にはさらりとかわされる。大きな水しぶきと波が起きてバランスを崩した彼女はずぶぬれで立ち上がるなり「殺す気か!!」と叫ぶ。
「ひとの助け方ってのを知らなさ過ぎるだろ! あやうくひき肉だったぞ!?」
『な、なんて言ってる? わからない、ごめん。失敗した』
「だああ、もう! とにかく逃げ────」
背後から大きな影が伸びて振り返った彼女の頭上には、湖から跳び上がった巨大魚が大口を開けて襲い掛かるすがただ。パワーのあるトロールは、そのぶん鈍足で、とても助けに割り込むのは間に合わない。
(……え? うそ死ぬの? ここで? まだなにも成し遂げてないのに……)
死を悟った。思わず目に涙が浮かんでくる。これでは勇者ご一行の末路と同じではないか。それだけはいやだ、と。
そんな彼女の絶望を打ち砕いたのは、巨大魚の口から放たれた強烈な深紅の輝きだ。目を奪われる美しい発光と同時に、巨大魚の体が空中でズシンと大きな衝撃と共にびくりと跳ねて暴れながら落下。エイリアを捕食するには至らなかった。
「おうおう、無事かエイリア! 見よ、これぞ完全復活を果たしたフラッド様の──」
ぷかんと浮いた魚の口から出てきて水面に現れたフラッドが自慢げな表情で現れる。見事な復活劇を演出してみせたかったが、肝心なエイリアは「目があああああ!」とあまりの眩しさに悶絶していて、すがたを確かめるどころではないようだ。
「おお……なんかすまぬ。ワシの変異の瞬間はどうしてもああなるんじゃ」
「き、君さあ……まじでさあ……! ていうか魚はどうなったんだ、死んだのか!」
「うむ。少なくとも骨はバラバラ、内臓は破裂しておる」
喰われてしまったとき、どうにか自力で脱出できないかと試みていたところ、薬のせいでどうにもならない状態で『このままでは死ぬ』と思った彼女は、エイリアから『無理に魔力を解放すれば実力は発揮できるだろうけど』と言われていたのが記憶に蘇り、いざ実践とばかりに魔力を解放。薬の効果は切れ、今はすっかり立派な角が額から伸びている。
「すまんのう。さすがに死に直面して本気を出さぬわけにはいかぬじゃろ」
「まあ、そりゃあ仕方ないよ。おかげで私も助かったから」
まだ目が本調子じゃないのか、苦虫を噛み潰したような顔のままなので感謝されているのかよく分からなかったが、エイリア自身はそれなりに恩を感じているらしい。
「これから私が村まで薬を取ってくる。ついでにガントと話すための薬草も採って帰るから、しばらく待っていてくれ。日が暮れないうちには必ず戻るよ」
「うむ、では食事の準備をして待っておるぞ! このデカイ魚を捌いてな!」




