第20話「私の大事な実験材料」
カカロ村の人々は実に好意的だ。もしかするとエイリアが困っているのかもしれないと思い、彼らはすぐに自分たちが用意できるだけの食糧を持ってきて、宿の近くに停めてある彼女の馬車へと積み込んでくれた。ほとんどはフラッドが食べてしまうのだが。
「これくらいでいいですか? まだ他にも……」
「いやいや! じゅうぶんすぎるくらいだよ、ありがとう!」
積み荷の箱に魔法陣を刻み、指で触れれば表面を冷気が包み込む。
(これで長時間の保存はバッチリだ。どうせすぐ食べてなくなるんだろうけど)
手に入れたものを手放さないための努力だ、と諦める。すがたを変える薬で彼女の信用を買いつつ、魔物の研究も進めて、そのうえであらゆる薬品の実験台になってくれれば環境的には最高だ。魔物に効果が強く出る薬の完成、その将来を掴むには。
ともかくやっと落ち着いて、もう食事なんて終わってるだろうなと思いながら宿に戻る。宿の主人、コンラッドが疲れた様子で食器を片付けているのが目に入った。
「やあ、ただいま。フラッドはどこに?」
「ええ。それが食べ足りなかったとかで……」
どうもエイリアが結界石を直しているあいだ、支払った銀貨で用意できるだけの料理を食べ尽くし、それでも満たされなかったのかフラフラと宿を出て行って「狩りに行ってくる」とコンラッドからしてみれば訳の分からないことを言い残して出て行ったらしい。
「……えーっと、このへんで魔物が出る場所ってどこになるかな」
「東にある森でゴブリンやトロールなら最近、猟師の方が見たと」
「ありがと、ちょっと探してくるよ。……ハハ、外は危ないってのにねえ」
「私も止めたんですけど『大丈夫だ』の一点張りで。すみません」
「気にしないでいい、教えてくれてありがとう」
仕方なく宿を出る。ベッドのうえで微睡みに体を休めようと思ったところだったので、自然と表情は不服にムッとしたものとなる。くしゃくしゃと頭を掻き、背中まである金髪が揺れる。「連れて歩くべきだった」と舌打ちを小さく響かせた。
魔物の移動速度は種にもよるが、オーガともなれば馬が全力で走るよりも速い。今頃は森でひと遊びしているに違いないだろう。エイリアは杖を持って構えた。
「他の薬を持ってきておくべきだったかもしれない。こっちの常識が通用すると思ったのが間違いか? 物分かりはいいから色々教えてあげないとな」
彼女を中心として周囲を強い風が巻く。すうっと息を吸い込んで。
「──荒ぶる風の守護者よ、我が祈りと共に舞え」
詠唱と同時に突風が起き、遠巻きに見ていた村人たちの視界から瞬時に彼女のすがたは消えた。空を高く舞い、風に乗ってものの数秒で森へと飛んだのだ。少し雑だったので風を操るのに失敗し、大きな木の枝に服が引っ掛かって逆さにぶら下がるような形にはなってしまったが、ともあれ頭から着地はせずに済んだ。
運が良かったのはそれだけではない。着いてすぐにフラッドを見つけた。
「ム。……なにをしておるのだ、貴様は?」
突如として空から降ってきたエイリアを吐きそうな顔で見上げる。
「こっちのセリフなんだよなあ……」
「ワシはちょっと物足らなんだので魔物狩りに」
「ぶどう狩りみたいな言い方やめてくれる? あと勝手に行かないでよ」
「なぜ。別に迷惑なんぞ掛けておらんじゃろう」
悪びれる様子のないフラッドにあきれ顔をして、彼女は吐き捨てるように言う。
「薬で魔力も抑えてんだぞ。君、自分が今は雑魚だって分かってないんじゃないの」
「あ、そうか。だがゴブリンくらいならどうにでもなるじゃろ」
「……まあ出来なくはないだろうが、無理はしないでほしいんだよ。せっかくいっしょになったじっけ……こほん。仲間だろ、怪我されたら困る」
「待て貴様。今、ワシのこと実験材料って言おうとしなかったか?」
「気のせいだよ。ともかくまずは……そうだな、ここから降ろしてくれ」




