第19話「気になったらそのままにしておけない」
なけなしの銀貨を渡してさっそく食事の準備をしてもらうあいだ、フラッドにもういちど薬を飲ませておいてから、彼女を残してエイリアはひとりで宿の外へ出る。真っ先に向かったのは村の入り口だった。
「こりゃあ、エイリア様。いったいどうされました?」
さきほど案内してくれた村の男が尋ねる。
「大したことじゃないんだけどさ。ここ、あまりにも結界が脆いなと思って」
フラッドと村へやってきたとき、彼女が結界を抜けられたのはともかく、なにも感じないのは不自然だと様子を皆来ていた。あえて薬の効果を確かめるために『体がむず痒いような違和感は残るように』して、次回の生産時にさらに効果を完璧なものにしようと思ったからこそ、結界の弱いカカロ村を選んだのだ。
それがまったくと言っていいほどすんなりと通れてしまって、エイリアはもしやとひとつの可能性を感じて、わざわざまた入口まで戻ってきた。
「あらあら、やっぱりだな。柵に埋め込んである結界石にひびがある」
「そうなんですか? わしらには見てもさっぱり……」
「魔導師なら、どんな奴でもひと目でわかるよ。点検には誰も来てないの?」
「ええ、最近は魔物も増えてるらしくて派遣が遅れてるんです」
「そっか。じゃあ私が代わりにしておくから手紙を出しておくといい」
男は目を丸くする。彼女がひびに指先で触れたとたん、青白い輝きが染み込んでいくように隙間を埋めていき、きれいな形に復元されていくのを見た。
「エイリア様は道具を使わずに直せるんですか?」
「そうだよ。他の魔導師でも……出来ないか、たぶん」
結界石はいわば魔力の塊だ。内側に蓄積し、外側を凝固させたもので、魔力が弱まってくると輝きを失ったり、ひび割れるなどして効果が弱まってしまうのはよくある話だ。だから新しいものに取り換えるのが普通だが、エイリアに限っては自身の魔力で再利用が可能な状態にまで戻すことが出来た。
「このあたりは弱い魔物しかいないといっても、結界がなければ家畜がやられてしまうだろ? もう少し気を使わないと。王都の魔導師は自分たちの研究に忙しくて人の話なんてほとんど聞きやしないんだから、強気に何度も頼んだほうがいい」
自分のことは棚に上げつつ、カカロ村が魔物に襲われることがないよう他の結界石もチェックしてまわり、見れば見るほど取り換えの期間もずいぶん過ぎていそうなものばかりな現状には、さすがの彼女も不快感を示す。
「よくもまあ、こんな劣化したものばかり。フラッドも平気なわけだよ」
作業は二時間くらい続いた。一か所の劣悪な状態を見たあとでは他の箇所もすべて気になってしまう性格なので、誰に指示をされるわけでもなく、なんの報酬もないのに彼女は徹底的な修復に尽力した。やっと終わって日も暮れる頃、入口に戻ってきてみれば、待っていた村人たちから興味もない賞賛が飛び交う。
「さすがはエイリア様! ありがとうございます!」
もう聞き飽きた。何をしても似たような誉め言葉ばかりで、思わず「言葉よりもなにか報酬が欲しいな。研究費とか」と口にしてしまって、ハッとする。
顔を見合わせた村人たちがざわつき始め、また余計なことを言ってしまったと思っていると、彼らは快く「なにかお持ちしましょうか!」と返してくれた。結界はカカロ村の住人たちにとって欠かせないものだ。
家畜が襲われたり畑があらされてはたまらず、エイリアの仕事ぶりは文句のつけようがない出来で、まさに恩人といって差し支えない。多少の贅沢を言ったところで誰も気にする者はいなかった。
「……ハハ、ありがとう。ではひとつお願いなんだけど」
こほんと咳払いをする。フラッドのことで、ほんの少し後ろめたい気持ちを胸に隠したまま申し訳ないとばかりに小さめの声で彼女は言った。
「村を出るときに、す、数日分の食糧とかもらえたり、しないかな……」




