第21話「他の魔物とも話してみたい」
いつまでもぶら下がっているわけにもいかず、自分でもがけば服が破けそうだったのがいやでフラッドに頼んだが「んなもん適当に降りればいいじゃろ」と雑に引っ張り降ろされて、結局破けてしまった。しかし詳しく言わず頼んだ手前、あまり怒ることもできない。なんとも苛立ったが、口は閉ざすことにした。
(わかってもらえると思ったのが間違いだった。同じ人間のすがたをしているから、つい普通に頼んじゃうんだよな。ああもう、研究以外だと本当に頭が回らない!)
あまり多くの服を持たないエイリアには由々しき問題だ。いますぐにでも王都に引き返して新しい服を探したい思いをしつつ「とにかく腹が空いてるなら手っ取り早く魔物を狩ろう」と提案する。
「しかしのう、小さい魔物だと腹が満たされぬ」
「強そうなヤツがいいってこと? でもいるのか、この森に」
ひくひく鼻を動かしてフラッドはきょろきょろと周囲を見渡しながら。
「おる。間違いなく。……ワシよりは強くないだろうがのう」
「それ、ニオイで分かるの?」
「うむ。魔物のほとんどはニオイか気配で他の魔物の存在に気付く」
一方向を凝視して「こっちじゃ」とエイリアの手を引いて走り出す。
「おいおい、急ぐなって。転んじゃうだろ!」
「貴様はそんなヤツではないじゃろ。ほれ、ここだ」
着いたのは開けた場所。大きな湖があり、そのほとりで体の巨大なトロールがすわりこんでいる。それを指差して「あいつのニオイじゃ。ちょっと臭いのう」と鼻をつまむ。エイリアにはあまり分からないが、魔物にとっては腐ったものが混ざった泥のようなニオイがするのがトロールの特徴だと言う。
「魔物に対してのみ放つ特殊なニオイじゃのう。人間には分からぬ」
「ふうん。で、あれを食べるの? 泥くさいのに調理もなしに」
「普通はそうじゃろう。貴様ら人間は違うのか」
「ナマズに泥を吐かせずに生でかじるみたいなものだろ。無理だよ」
「……ううむ。人間の例えは分からんのう。だが食う、ワシは食うぞ」
もう我慢ならない、空腹のときはなにを喰っても美味いの精神だ。なんとしてでも仕留めようとゆっくり背後から近づいて、しかし途端にフラッドは構えを解いてトロールを見上げた。「おい、どうした?」と尋ねると、彼女は振り返って────。
「こいつ、ワシらに気付いておる。なのに動かぬのじゃ」
「ええ、本当に? 近づいても大丈夫なの?」
「ウム。なんなら少し待て、ワシが話をしてみよう」
エイリアを待たせてトロールに向き直り、その丸めた大きな背中に甲高い鳴き声とも思えるような不思議な言葉を発する。岩山のような巨体は応えるようにゆっくり振り返り、醜悪な豚にも似た顔を向けて『────!』と唸り声を低く響かせた。
「ねえ、今のはどういう会話なの?」
「何をしておるのか尋ねたのじゃ。こやつは動物と戯れている、と」
見ればトロールの頭や肩には鳥がとまっていて、足もとには鹿が何頭かいる。皆、フラッド達を警戒していて、トロールが彼らには魔物ではなく守ってくれる仲間のようだ。
「もう何年もここにおるらしい。いわば森の番人じゃのう。だから森に来て早々、他の魔物のニオイがほとんどしなかったんじゃな。コイツが森を守っておるのじゃ」
「じゃあ、この個体には敵意がないって考えていいんだね?」
「うむ、そうじゃな。どれ、もう少し詳しく聞いてみよう」
これも研究の手伝いだ、とフラッドはトロールに話しかける。分かったのはもう何年も昔、魔王が討たれた頃よりも前からトロールはここに住み着き、動物たちと少しずつ仲良くなったという。争いが苦手で、何体かの群れで行動するも仲間外れになり、今は平和に過ごしていると聞くことができた。
「ふうん、なるほどね。面白い個体だ、もっと話してみたいけど通訳が面倒だな。……よし、じゃあ少し薬草を探してくるから、君たちはここで待っていてくれ」




