第17話「いつか叶えたい夢」
案内された部屋に荷物を運び、放り込む。フラッドは自分の薬を、エイリアは森で採った大量の薬草を包んだローブだ。
「そんな葉っぱなんぞ持ち込んで何するのじゃ?」
「乾燥させて粉末にするのさ。でも今日は無理そうだね」
窓から見える外の景色にため息が出る。どこまでも続く曇り空。地面には水たまりがあちこちにみられる。短時間とはいえ大雨だったのだから当然で、遠くを見渡せば晴れるのはしばらく先になりそうだ。
「では馬車にでも置いておけば良かったろう?」
「ばかだなあ、外に置いてたら余計に湿気てしまうだろ」
「ならば魔法でも使えばよいではないか」
きわめて単純な返答は、これまでに飽きるほど何度も聞かされてきた。勇者たちのパーティを抜けてからはすっかり耳にすることもなくなっていたが。
「たしかに私は万能とまで言われるほどだが、すべてが私の思い通りになってくれるわけじゃないんだ。人間に個々の性格があるのといっしょでね」
ローブの隙間から見える栄陽草をひとつ手にする。
「これは簡単な例だが、そのまま魔力を注ぐと──ほら枯れた」
手から仄かに放たれる青白い魔力に反応して、青々としていたはずの栄陽草が瞬く間に黒ずんで枯れていき、最後にはぼろぼろになって砂のように崩れてしまう。
「一部の薬草ってのは過分な魔力を注がれると、こうして崩壊してしまうんだ。で、このクズになってしまったものは本来の効果もなくなるし魔力も結合しなくなる。だから粉末にして水に混ぜるんだ。あるいは長時間じっくりと薬草を煮た水なら魔力に反応を示すようになる。まあ、原理はまだ完全に解明できてはないんだけどね」
まだまだエイリアも若い。他の魔導師よりもはるかに高い魔力と知識を持つが、それでも頭のなかに存在しないものを見つけ出すことは難しい。
「薬草が崩壊しないぎりぎりの魔力で試してみたこともあるんだけど、やっぱり効果の伸びは悪かったから、結局こうして面倒な手順を踏まないといけないんだ」
「ほーん、それまたずいぶんと大変な話じゃな。ワシらは大気の魔力を吸収してさえおればいくらでも元気になるからのう」
エイリアが「うらやましいよ」と肩をすくめる。魔物は種にもよるが、たとえば腕を切り落とされようとも数日も経てば元通りになっているのは既にいくつも例が確認されている。人間の場合、治癒と恩恵を司る『白魔法』に頼れば可能ではあるが、魔導師のなかでも才能がなければ扱えるものではない。
そして彼女は他の魔法すべてを扱えるにも関わらず、白魔法だけは扱えなかった。だからこそ薬草の効能を調べ、魔法薬学を用いて身体の強化や傷の治療に役立てている。たとえ白魔法が使えなかったとしても補う方法はあるはずだ、と。
「人々から英雄と言われ、二つ名まで与えられて。そんな私にもいまだ治せない病も存在する。いつかは私の手が出させなかった分野さえも誰より先を走るのが夢なんだ」
「……若いのう。ワシの若かった頃を見ているようじゃ」
見目こそ幼さをやや残しているフラッドだが、魔物としてはそれなりに長寿である。まだまだ若く可能性を秘めたエイリアの夢を聞き、感銘を受けてしきりにうなずく。
「ウム、よかろう。貴様の夢を叶えるためならばワシも協力は惜しまぬ。できることであればいくらでも言ってくれ。……瓶詰にはなってやれぬが」
「本当に? ありがたいよ、君が意思疎通のできる魔物で良かった!」
嬉しそうに「じゃあさっそく、さっきの話を聞かせてほしい」と、オーガがいったいいつから存在しているのかを詳しく尋ねた。フラッドはベッドに腰かけ、今度こそ昔を懐かしむように天井を仰ぎ見ながら、ぽつりと話し出す。
「ワシも知ったのは百年くらい前の話じゃ。────オーガとは太古より生き延びてきた、魔物と混ざり合った人間の進化したすがた。そう聞いておる」




