第15話「別になんでもない思い出話」
雨雲が去っていったのは、それから一時間ほど経ってのことだ。ワクワクとした気分を抑えられないまま、果物の入っていた空の瓶を抱きしめて空想にふけるフラッドを連れて、遠くなくなった目的地までゆったりと馬車を走らせた。
まるで子供のようだ、と思いながら眺めていて、ふと思う。
「ねえ。君って魔物なのにどうやって人間の言葉を?」
「ム! それは美味いものか!」
「話聞いてた? 君はどうやって人間の言葉を覚えたんだって聞いたの」
「ああ、そのことか……。あれは、ちょうど魔王が討たれた頃の話」
遠い過去に想いを馳せるような儚げな雰囲気をして、彼女は言った。
「そう……なんとなく覚えた」
「いや待って。今の感動する話の流れじゃなかったの?」
「ハハ、冗談を真に受けるでない!」
空き瓶を手放し、今度こそ自らがなぜ話せるのか事情を語る。
「その昔、魔物を恐れない人間がおった。歳は……そう、貴様よりも少し若いくらいの青くさい小僧でな。腕はからっきしだが、頭の良いヤツじゃった」
まだ魔王が討たれる前。フラッドは気まぐれに助けた人間から言葉を学んだ。最初こそ意思疎通が難しかったものの、覚え始めればはやい。オーガは人間に近いだけあって発音もはっきりとしていて、ひときわ知能のあった彼女は瞬く間に知識を吸収した。
「人間の文化に興味を持ったのも、それくらいからじゃな。ただ……ワシはその男に裏切られた。『少し村に戻って食べられるものを持ってくるよ』などと言葉を掛けておきながら、あろうことか武器を持って村人といっしょに襲ってきたのじゃ」
所詮は人間と魔物の関係でそこに信頼などなく、男はずっと殺されるかもしれない恐怖を抱えながら、言語を教えることで少しでも彼女を欺き、生き残ろうとした。フラッドは男といるあいだ狩りで自分よりはるかに大きな魔物も殺して食糧にしてきたし、危険な相手だと思われても仕方がないと諦めて────。
「色々考えた末に、とりあえず皆殺しにした。味は粗悪だったのう」
「喰ったのかよ……。憐れむ要素どこにもなかったんだけど」
「誰も心に沁みる話とは言うておるまい」
「それはそうだけどさぁ。なんかしんみりした感じで話し出すから……」
想像とはまるで違う方向へ全力で走って行ってしまった昔話には、苦笑いしか浮かんでこない。とはいえなにも得られるものがなかったわけでもなく。
(別に期待してたわけじゃないけど、そういう感じなのね……。でも魔物は知能が高ければ、こうして言語を覚えて意思疎通が出来る種もいる、と。収穫はあったかな)
またひとつ知識が蓄えられたことを喜ぶ。魔物についてはこれまで多くの種を見てきたが、人型をしていても大抵は滲み出るような殺意と敵愾心に満たされた怪物ばかりだった。それが常識で当然だ。永遠に分かり合うことのない野生である、と。フラッドはその常識を覆す可能性を持つ貴重な例だ。
「のう、エイリア。カカロ村まではあとどれくらいになる?」
「あと少しだよ。のんびり走っても十数分あれば着く」
「ほほー。楽しみじゃのう~~~。クッキー、クッキー!」
子供のように期待して鼻歌交じりなすがたを見て、安堵の息がもれる。同時にちょっとした不安と申し訳なさの入り混じった感情も湧いた。
「……扱いやすそうでなによりだけど、純粋すぎやしないかなぁ、この子」
「なんじゃ、何か言うたか?」
訝るような視線。エイリアは「べつに、なんにも」と素知らぬ顔をして。
「ま、のんびり行こう。旅は始まったばかりだからね」




