熊殺しの6歳児
〜11年前〜
「ははは、あはははは!」
誰もいない山の中、僕は進めば進むほど険しくなっていく山道を笑顔で駆け抜ける。
今日は猪との鬼ごっこだ。僕が猪のお尻を軽く叩くと機嫌を悪くして僕を追って突進してきた。
「ヤホー!!」
僕は猪に追い回され、中々風景の変わらない退屈な世界を走り回った。
今のは語弊があったかな。僕からすれば全然退屈な世界ではない。
むしろこうやって自然のなかで動物達と一緒に遊ぶことが楽しくてしょうがない。
普通の子供からするばアブノーマルな遊びかもしれないが、僕は夢中になって遊んでいた。
しかしやがて猪の方のスタミナが切れてきたようで段々と走るスピードが落ちてきた。
「…もうそろかな。」
僕はこれ以上いじめるのは可哀想だと思い、高い木によじ登って鬼ごっこを終了させようとした。
しかし猪は足を止めることなく僕のいる木の横を素通りしてしまった。
「ちょっ、この先はっ!」
僕は慌てて木から飛び降りて猪を追いかける。
「まずいっ!」
僕は無我夢中で走った。
あまりに必死になっていたので気がつかなかったがこの時僕は黄色いオーラを帯びて人間のモノではない速度で走っていた。
僕はあっという間に猪を追い越し、進行を止めるべく猪の方に向き直る。
「よっ!」
僕は猪の立派なキバを左側は左手で、右側は右手で受け止める。
「ぐぐぐ、」
突進の勢いを殺し切れず、少し後方へ後退してしまったものの、何とか無地に猪の進行を止めた。
「この先には進んじゃダメ。でも今日も遊び相手になってくれてありがとね。」
そう言って猪の頭を撫でてから体の向きを180度回転させてあげると猪は僕の言葉を理解してくれたようで、そのまま平然と山道を戻っていった。
危ないところだった。もしあそこで傷つくことができなかったら、猪は崖から落ちていたところだった。
「さて、今日はもう帰ろか。」
猪と鬼ごっこしながら山の中を駆けずり回る。
6歳の子供がする遊びではないと周りの大人から注意されたこともあったけど僕はまったく気にしていない。
僕にとってはこれが普通なのだ。
夏には上流から下流にかけて一気に川を流れ落ちたり、冬になったら山頂まで登って大きな雪だるまを作る。他にもまだまだその季節特有の遊びはたくさんある。
周りの子供とは生活スタイルが全然違うので、人間の友達というのを中々作ることができなかった。
故郷の村では僕のことを気味悪がる大人もいて、村の中ではちょっとした噂にもなっていた。
現にほら、僕が村に帰ってきた途端におばさん達がコソコソと何なら話しだしている。
「あの子よ、この前山の中を駆けずり回ってたって言う男の子。」
「まぉ元気がいいわねえ。」
「いやいやアレは少し野蛮よ。」
「そんな可哀想なこと言わないの。」
(言いたいことがあるなら堂々と言ってくれればいいのに。まぉ別に気にしないけどねー。)
僕はおばさん達の話に気付いていないフリをして素通りした。
すると僕の前方で楽しそうに会話している仲良し夫婦を見かけた。
お父さんとお母さんだ。
僕は2人の会話がギリギリ聞こえるくらいの距離を置いて両親の会話を盗み聞きする。
悪趣味だとは思うけどこれも僕の趣味だ。それに子供がいる前では言えない大人の話というものにも興味がある。
「はぉ…私も明日30歳ね、もうすっかりおばさんだわ。」
「あはは、30歳でおばさんなんて言ってたら周りの人達に怒られちゃうよ?」
お母さんは自分の年を気にしているようだ。
マザコンというわけではないけど、お母さんは息子の僕から見ても美人に見える。まだまだ年なんて気にする必要はない。
(…でもそっか、明日はお母さんの誕生日か。)
すっかり忘れていた。明日誕生日プレゼントでも探しに行こう。
僕は明日の予定を考えながら盗み聞きを続けた。
「この前も近所の子供達からおばさんって言われたわ…」
「そんなの気にすることないよ。それに僕はお母さんがおばさんになったって愛し続ける自信があるよ!」
そう言ってお父さんはお母さんの手を握った。
「そ、それじゃあさ、そ、そのぉ…」
お母さんは顔を赤らめながらお父さんに何か頼み事をしていた。
声が小さくて何を言っていたのか聞き取ることができなかった。
しかし次の瞬間、お父さんは「喜んで。」と言ってお母さんの顔に近づいていく。やがて2人の顔はゼロ距離になった。
(お、そういうこと。あついねぇ。僕としては無茶苦茶恥ずかしいことしてるけど。)
僕は物陰に隠れて2人の様子を窺っていた。
「はぁっ、さっ帰ろ。」
「そ、そうね。シュウヤに見られたら大変、」
2人は照れ臭そうに笑いながら再び家に向かって歩き出した。
(大丈夫、僕は何も見てないよ。2人のあつーい口づけシーンなんて見てない。)
本当は瞬きをすることも忘れて2人のことをガン見していました。
〜20分後〜
「ただいま。」
僕は2人を尾行していたことを感づかれないためにわざと時間を置いてから家に帰宅した。
「お帰りなさい。」
「お、おおおかえり。今日も中々汚れたようだね、お風呂湧いてるから入っておいで。」
「ほーい。」
未だに気まずそうにしているお2人さんを横目に僕は一旦自分の部屋へと向かう。
(まるで新婚さんみたいな雰囲気だ…)
その日2人は僕が近くにいたらできないことをやらかすのではないかと勝手に予想したので夕食の時以外は自分の部屋にこもるようにした。
〜夜の10時〜
ベッドの中に入って眠りにつこうとしたその時、両親が使用している寝室の方から何やら物音が聞こえてきた。
「いや全然隠しきれてへんし。」
(近々弟か妹ができるかもしれないなぁ…まぉそれならそれで楽しいけどね。)
僕は将来生まれてくるかもしれない弟や妹の顔を想像しながら眠りについた。
〜翌日〜
「お母さん、また山で遊んでくるね。」
「はーい。暗くなる前には戻りなさいね。」
今日はお母さんの誕生日なので山で何かプレゼントを探す。
当時女性がもらって嬉しいモノなど何も知らなかった僕は食材になる生き物を捉えてプレゼントにすることしか思いつかなかった。
「何か良さそうな生き物は〜」
僕は何かいい獲物はいないか辺りを探しつつ山を登った。
ハクビシン
ヘビ
サル
と山の中には沢山の動物がいた。しかしこれらの動物を食べるかと言われたら…少なくとも誕生日プレゼントには向いていない。
この他にも鹿や羊、うさぎとよく食品としても使用されている動物にも出会った。
お母さんは以前、可愛らしい動物は食べられないと言っていたのでプレゼントにするのであれば、可愛くはなくて食用に適した動物にする必要がある。
どうこうしている間に山頂にたどり着いてしまった。
ここまでの道のりでは特に良さげな動物は見られなかった。
「ふぅ…ちょっと北西の方に進んでみるかな。」
僕は普段南の山道から山頂にかけての道で遊んでいる。だからこの先にどのような世界が広がっているのかは見当もつかない。
「まっお母さんのためだ、行くとしましょう。」
こうして僕は山の頂上から故郷の村の方とは別の方向に山を下って行った。
通い慣れたいつもの山道とは違う、どこに何があるのか全く分からない未知の世界。
「なんかオラ、ワクワクしてきたぞ。」
僕はなんだかテンションが上がってきたので動物を探しながら鼻歌を歌っていた。
「ふーん、ふんふふん、お?」
すると道の途中に立てられていた1つの看板が目に入る。
-熊出没注意-
(おぉ。)
この辺りには熊が現れるらしい。前にご近所の人が食べたことがあると言っていたのでおそらく食用にも適している。
(いいねぇ、プレゼントは熊にしよう。)
俺は熊を見つけるべくその看板の周辺をうろうろしていた。
〜1時間後〜
「んー、いないなぁ。」
かれこれ1時間ほど熊探しをしているが、それらしき姿はどこにも見当たらない。
(暗くなる前に見つけ出せるかな…)
日没まではまだかなりの時間があるけど手掛かりが全くないので今日中に見つけられるか不安になってきた。
「助けて〜!」
すると次の瞬間、少し離れたところから人間の叫び声が聞こえた。
「どうしたんだろう?ちょっと行ってみようかな。」
僕は熊探しを一旦中断して叫び声のした方向に向かって走り出す。
すると1人の男性が大きな熊に追い回されていた。
「やめろ!こっち来るな!」
(み〜つっけた。)
僕は物音を立てないように静かに素早く歩み寄る。
そして男性を襲おうとしていた熊の背中を殴った。手加減したつもりはなかったけど予想外に5メートルくらいしか吹っ飛ばなかった。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。君は何者?…」
「僕はこの山の…」
ここまで言ったところで頭に血が登った熊が鋭い爪で引っ掻いてきた。
「くっ!」
僕はとっさに緊急回避して熊の一撃を避けようとしたが爪が洋服に擦ってしまい、ビリビリに破けた。
今度は僕の頭に血が点る。
「…おいテメェ、これは僕の誕生日にお母さんが作ってくれた大切な服だったんだぞ!!」
僕は完全に頭に血が上っていた。形振り構わず熊に突撃し、右腕に力を込める。
この時僕は気付いていなかったが、今度は僕の右腕を真っ黒い闇のようなオーラが包み込んでいた。
熊の方もその鋭い爪で僕に斬りかかってきたが、僕は頭を振ってそれをかわし、フルパワーで熊の顔面を殴りつける。
グチャッ!っという嫌な音をたてて熊の頭は胴体とサヨナラして地面に転がっていった。そして残った胴体からは大量の血がまるで噴水のように噴射していた。
「あ、ああ、ああぁ、」
「ん?」
気がつくと、熊に襲われていた男性は僕を見てガタガタ震えていた。
(僕、もしかして怖がられてる?)
「あのぉ…」
「ひゃ、ひゃい!」
男性は明らかに怯えたような返答をしてきた。
「こんにちわ!怪我はない?」
「う、うん。大丈夫。」
僕が普通に挨拶すると親近感がわいてくれたようで普通にお話ししてくれた。
「き、君は本当に何者なんだ?山の中に1人で居ることもそうだが、その力…」
「僕はシュウヤっていうんだ。よろしく!」
「あ、どうもよろしくお願いします。」
(何者っていうのは名前を聞きたかったんじゃないんだけどな。まぁでも中身は普通の子供みたいだな。)
「ていうかこんな山の中に1人で何してたの?」
「そ、そそそ、そっちこそ!」
僕は山の麓にある小さな村に住んでいること、母親の誕生日プレゼントを探しに山をぶらぶらしていたことなどを話した。
「それでおじさんの方は?」
「俺はたまたまこの山に入り込んでしまっただけなんだ。」
聞くところによるとその男性は隣町に住んでいるジャーナリストらしく、僕の住んでいる村を取材しようと隣町からやって来たのだと言う。
しかし迂闊にもバスの中で眠ってしまってしまい、寝ぼけたままバスを降りたら山の中だったらしい。
「おじちゃん馬鹿だね。」
「馬鹿なのは否定できないけど、俺はまだ24歳だよ?」
アハハハハ
僕はすぐにその男性と仲良くなり、色々なことを話して楽しんだ。
「へぇー、シュウヤ君は100m走7秒なんだ。」
「うん。みんなにも君早いねーってよく言われるよ。」
(この子は自分が並外れた身体能力を持っていることに気づいていないのか…)
「…シュウヤ君、君は人間離れした強さを持っているようだね。」
「え?」
唐突におじさんが僕の力は普通じゃないと言い出した。
「普通の人間は素手であんなことは出来ないよ?」
男性の指差した方向には無残な熊の死骸が…
「でもトレーニングとかはしてないよ?山登りは3歳の時からしてるけど。」
「余計にすごいな!」
(一般人がどんなにトレーニングしたとしても熊の頭を吹っ飛ばすなんて真似は出来ないと思うけど…)
おじさんとの話に夢中になっていてどのくらいの時間が経ったのかは分からないけど、森が眠りつつあるので時期に日が暮れる。
「もうずく暗くなるね。僕家に帰るよ。」
「じゃあその村までお供させてもらってもいいかな?」
「いいよー、よっこいしょっと。」
僕は頭のない熊の胴体を背負い上げる。
「ひょっとしてそれ、持って帰るのかい?」
「うん。さっき話したお母さんの誕生日プレゼント。」
「ぉぅ…」
(うん、誕生日プレゼントは何かではなくて気持ちだよね。)
おじさんは何を思ってか苦笑いをしていた。
〜数時間後〜
こうして僕はジャーナリストのおじさんを連れて故郷の村に帰ってきた。
「ここが僕のおうちなんだ。」
「そっか。それじゃあ俺はここで。今日は助かったよ、本当にありがとう。」
僕はおじさんと別れの挨拶をして家に入った。
「ただいまー。」
「お帰りなさい。あら?どうしたのそれ。」
「お母さんの誕生日プレゼント!」
頭のない熊の胴体を差し出す
「まぁ嬉しい。熊のお肉ね。じゃあ今日のお夕飯は熊鍋にしましょう。」
お母さんはとても喜んでくれた。
(今度またお父さんの誕生日に取ってこよう。)
お母さんの笑顔を見てそう思った。
〜男性視点〜
ジャーナリストの男性はシュウヤと別れた後、取材を軽めに済ませてバス停に向かった。
「まさかこの世にあんな子供がいるなんてなぁ。」
「ん?」
男性がつい口にしてしまったセリフに興味を持った者が男性のすぐとなりに。
「あの力、とても人間のものじゃないよな。」
「ふーん…」
「え?あ、すみません。自分独り言がめっちゃ大きくて…ははは。」
「いえいえ、こちらこそ盗み聞きしてしまい申し訳ありません。よろしければ今の話を詳しくお聞かせ願えますか?」
「あーはい。信じてはもらえない話だとは思いますが…」
こうして男性は迂闊にも知りもしない相手にシュウヤの事を話してしまった。
「…という感じです。」
「なるほど、その少年、非常に興味深いですね。面白い話をありがとうございました。」
「おっと、バスが来ましたね、それでは私はここで。」
そう言って男性はその人物に頭を下げてバスに乗り込んだ。
男性がバスの座席に腰掛け、窓の向こうに目をやった時には既にあの人物の姿はなかった。
(あの人は一体誰だったんだろう。マント被ってて顔も見えなかったけど…まぁいいか。)
黒いマントを羽織った何者かはシュウヤの村に向かって歩みを進めていた。
「…早くシュウヤという少年を見つけねば。」




