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アズ・ユー・ライク  作者: あおあん
前編

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9/34

9,同棲生活

万里江が家に居ないのなら、外に探しに行くしかない。


あの母親に拉致されてないといいけどな……


さすがにパジャマじゃまずいと思ったが、とりあえずコートを羽織れば下に何を着ていても構わないだろう。


俺はベンチコートを手に取り、車に乗り込んだ。


さて、どこを探そう。


万里江は鍵を持って出たのだろうか。


「あ」


どうして思い付かなかったんだろう。


俺は携帯電話を取り出し、万里江に掛けてみた。


番号は着信履歴に入っていたが、あまりしゃべらない万里江のことだから、出てくれるかは分からない。


RRRRR……


耳元で鳴る音と同時に、外から聞こえてくる電子音に体がひとりでに反応した。


ドアを開け、車を出ると、そこには万里江が立っていた。


安心して力が抜ける。


すまなそうな顔をしている万里江に、怒る気にはなれない。


「心配したんだ……余計なお世話かも知れないが、でも、何かあったんじゃないかって……」


「ごめん」


「謝らなくていい。でも今度からはメモを残してから行ってくれないか?」


「ん」







そして……俺の前に並べられた、8万9千円……


いったい何を見せられているのだろう。


万里江はおもむろに広げた財布から、銀行の明細を取り出し、お札の横に並べた。


残高165円。


なんの説明もないまま、こうして5分以上経っているので、どうやら万里江からの説明は無いらしいと悟った。


「これをどうするんだ?」


おそらく万里江の全財産と思われる。


「たっちゃん……に……」


「え?俺にくれるのか?」


「ん」


「気持ちは嬉しいけど、要らないよ。俺だって金持ちじゃないけど、別に万里江の食い扶持が増えるくらい問題ないから、しまえよ、な?」


目を瞑って首を振っている。


ただで世話になるのは忍びないってか?


よほど甲斐性なしに見られているんだと知り、気分が落ち込んだ。


「俺は両親が居なくて、この家は相続したから、家賃は要らないんだ。安月給だけど、ちゃんと仕事してるから、給料も入ってくる。贅沢をしなければ食ってく心配は要らないよ?」


万里江がずずっと、お札を前に突き出してくる。


「本当だ。金のかかる趣味もないし、少ないけどちゃんと貯金もしてる。万里江が心配しなくても大丈夫だから……」


駄目だ。一向に聞き入れてもらえる様子がない。


「たっちゃん……」


「なんだ?」


万里江が何か言いたそうだ。

俺は口を閉じ、じっと待つ。


「仕事……する……」


ん?聞き間違いじゃ、なさそうだよな?


「仕事がしたいのか?」


「ん……働く……」


おお。万里江は働きたいのか。


「いいんじゃないか?きっといい仕事が見つかるよ。俺も手伝うから」


話し方に独特のふわふわした感じがあるものの、万里江からは強い意思のようなものが感じられた。


「ん」


再び、お金を俺に押し付けてくる。


きっとこれは万里江にとって大事なことなんだろう。


金なんて要らないのに……ここに居てくれるだけで、俺は幸せだから……そう言いたかったが、万里江の決心を踏みにじるような気がして黙って受け取ることにした。


「仕事が見つかるまで、毎日、俺に絵をくれないか?」


きょとんとした顔で俺を見つめてくる瞳に吸い込まれそうだ。


「当面、それが万里江のお仕事だ。どうだろう?」


「ん!」


初めて歯を見せて笑ってくれた。

ああ……なんて美しいんだろう。






それから一週間が経った。


俺は知り合いの伝手や、求人広告を通して、万里江に相応しい仕事を探している。


しかし、コミュニケーションに難がある万里江には『教室』などの人に教える仕事は無理だろう。


「よお、達ちゃん、何見てんだ?」


間宮さんが俺の携帯を覗き込んできた。


「求人?おい、おい、転職するのか?」


「いえ、しませんよ。知り合いにちょうどいいのがないか探してるんです」


「知り合い?」


ニヤニヤしながら俺を見ている間宮さんには、全てお見通しなのだろう。


「万里江です。実は一緒に住むことになって、仕事したいって言ってて」


「ひゅーひゅー、お熱いね、ご馳走様」


いきなり始まった俺たちの同棲生活は、驚くほど順調で、もうずっと長いこと一緒に居るような、そんな心地よさがあった。


「絵が得意なので、そっち方面で探してやりたいんですけど、あまり人と関わらない方がいいかもと思っていまして……」


「あ。じゃ、あれなんてどうだ?」


間宮さんが鞄をごそごそと探っている。


まさか、こんなところで情報がもらえるなんて……


引っぱり出されたのはくちゃくちゃになったチラシだった。


「これは?」


「この前、お客さんのところで聞かれたんだよ。こういう、なんつーの?デザインするとこ知らないかって。新しい広告を作りたいらしくてさぁ。以前、適当なところに頼んでぼったくられたから、知り合いを紹介してくれって言われたんだけどよぉ。俺にこういうの聞かれても困るよなぁ」


チラシのデザイン……いいんじゃないか?


「間宮さん、これ頂いていいですか?」


「どうぞ、どうぞ。後で担当者の詳細、メールで送ってやるよ」


「感謝します!」


いつもならなんとも思わず捨ててしまうチラシだが、よくよく考えればアートだよな。


こういった物がどういうプロセスで作られるのかはさっぱり分からないが、万里江は天才だから、きっとできるだろう。


俺は帰りに駅前のたい焼きを買って帰った。






「ただいま」


家に帰った時に明かりが灯っていて、すでに部屋は暖かくて、食事の良い匂いが漂っている……俺の人生がこれ程までに充実するとは、少し前まで思いも寄らなかった。


「今日はブリの照り焼きか。旨そうだな」


コートを脱いで、手を洗って、急いで台所に戻る。


「はい」


万里江が『今日の絵』を俺に差し出す。


「おお!今日のもすごいな。何で描いたんだ?」


淡い色なのに発色が綺麗で、凹凸があり、少しベタっとした手触りだ。


「クレヨン」


万里江はこの一週間でだいぶスムーズに言葉が出るようになっている。


言葉も絵も日々進化を続けていて、いつか俺の手の届かないところに行ってしまわないかと、謎の不安に駆られることがある。


「今日、間宮さんに紹介してもらったんだけど……」


さっきもらったしわくちゃのチラシを手で広げながら出す。


「万里江はこういうチラシとか作れたりすんのか?」


ぱあっと表情が変わり、『できる』のだと確信した。


だが、その直後に「パソコン……」と呟き、しゅんとしてしまった。


「パソコンがあればできるのか?」


まさか、俺の仕事用のパソコンを使わせるわけにはいかない。


「買いに行くか?」


万里江は眉をしかめて何か考え事をしているようだ。


「取ってくる」


「取ってくるって、どこから?」


「うち」


あ。実家にあるのか。


「他にも必要な物があるだろうし、ご両親にも挨拶をしておきたいから俺も一緒に行っていいか?」


万里江の父親は市長選挙に当選し、今や時の人だ。


母親とはあれっきりで、面と向かって対峙するのは怖い気もするが、いつまでも避けてはいられない。


「たっちゃん、ありがとう」


万里江に抱き付かれ、俺は骨抜きにされる。


万里江のために出来ることは何でもしてやりたいと思うし、どんな辛いことも乗り越えていけそうだ。


お腹を空かせて待ってくれていたであろう万里江にすまない気持ちはあったが……


どうしても押さえきれない欲求に負けて、俺は彼女をベッドに連れ込んだ。


僅かでも抵抗されたら即座に引き下がるつもりだだったが、万里江は俺を受け入れているようだった。


いいんだよな?


仕事終わりでシャワーも浴びず、少し汗臭かったかもしれない。


恐る恐る万里江の服に入れた俺の手に万里江が指を絡めた。


まるで俺の手が迷子にならないようリードしてくれているかのように……


「ねえ。ご飯、冷めちゃうよ」


「ごめん。でも、また温めればいいだろ?」


万里江のご飯は大好きだし、楽しみにして帰ってきたけど、それ以上に万里江に会いたかった。


触れたかった。

どうしても今、一つになりたかったんだ。






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