33,それぞれの幸せ
薄暗い玄関に立つ三人の男女。
一見すると修羅場だが、実は真逆で、これはハッピーエンドの半歩手前の状態。
私と滝岡社長の仲を誤解して、勢いに任せて告白しちゃった柏木さん。
それを聞いて、靴をぎゅっと抱きしめ佇む滝岡社長。
歳の差を気にしているのか、柏木さんへの気持ちに素直になれないんだろうな……ほら……ガンバレ!
柏木さんがこんなに頑張ったんだから、次は滝岡社長の番でしょ!と目配せする私。
ゴトゴト
滝岡社長が靴を落っことした。
「柏木!」
滝岡社長が柏木さんに両腕を広げている
「へ?」
驚いて飛び退く柏木さん。
「俺もだ!」
「は?」
「俺も好きだ!」
なんだ、ちゃんと言えるんじゃん。
男らしい告白に、私も胸を打たれる。
呆然と立っている柏木さんの背中をそっと押す。
「え?」
私を何度も見返す柏木さんに教えてあげた。
「両想いなんだよ」
「へ?あ?え?」
人差し指を自分の顔と滝岡社長の顔を行ったり来たりさせている。
「そうそう。よかったね。滝岡社長も柏木さんのことが気になって仕方がないから、私のところに相談しに来たんだと思うよ」
「社長、私のこと気になってるんですか?」
「あ、まあ」
「いつからですか?」
照れずに聞けちゃう柏木さんはすごい。
若いからとかじゃないと思うんだよな。
きっと、この子の性格なんだと思う。
「それは……あれだ……な?南原さんが……」
とこっちを見る滝岡社長。
「え?私ですか?」
白状したら、私が柏木さんの好意を勝手にしゃべったおしゃべりみたいに思われてしまう。
「ほら、公私ともにって……南原さんが言ったから……」
「滝岡社長はそもそも柏木さんのことが好きだったんだと思う。ただ、部下だからとか歳が離れてるからとか、何かと理由を付けて考えないようにしてたんだと思うよ?」
「どうしてですか?」
「気まずくなると困るからじゃない?そういうのを気にしてくださってたんじゃない?」
柏木さんが飛び込んでこないと知った滝岡社長の腕はすぼんでしまっていた。
「あの、万里江さん、ちょっとあっち向いててもらえますか?」
「オッケ。ごゆっくりどうぞ」
私は一人、キッチンに移動して餃子を包み始めた。
「きれいに焼けたね」
いい匂いが部屋に充満している。
滝岡社長と柏木さんと三人での夕食となった。
「私は包んだだけで、ほとんど滝岡社長がやってくれたの。お料理、得意みたいだよ」
「一人暮らしが長いですもんね、それに、外食だとカロリーオーバーしちゃうって言ってましたもんね」
「よく聞いてんな」
「そりゃそうですよ。私、就職説明会で社長に一目惚れして面接受けることにしたんですもん。ずっと社長一筋で、彼氏ができませんでした。責任取ってください」
餃子を頬張りながら、柏木さんの攻撃は続く。
「言っときますけど、やっと垂れ下がってきた釣竿に全力で食いついたんですから、今さらリリースできませんよ。さっさと調理して食べてくださいよ」
「ん……」
困ったような顔で、私に助けを求めて来られても……
ピンポーン
チャイムに反応し、私は玄関に向かった。
鍵が開く音がし、玄関ドアが開いた。
「万里ちゃん、遊びに来ちゃった」
母が嬉しそうにエコバッグを掲げている。
「お仕事、今日まででしょ?ママね、万里ちゃんの好きなものたくさん作ってきたのよ」
そう言ってから、母は少し体をずらした。
その後に父の姿が……
「暇そうにしてたからパパも連れてきちゃった」
気まずそうに両手を後ろに組んだまま、父はちょんと会釈をした。
「どうぞ、入って」
「わぁ、いい匂いがしてる。あら、お客様がいらっしゃるの?」
「うん。会社の人たちが遊びに来てくれて、今、餃子パーティーしてるところ」
「あら素敵!ママたちも混ぜてもらえる?」
返事を待たず、母はキッチンに向かった。
「久しぶり。どうしてるの?」
今日はちゃんと髭を剃ったようだ。
そのせいか、少し痩せた頬骨が浮き上がって見えた。
「何もしてないよ。ただ、毎日、起きて、食べて、歩いて、寝てを繰り返している」
「みんなそうだよ」
「万里江は違うだろう?」
父が私の名を呼んだことに、軽い衝撃を受けた。
「万里江は、その……休職の準備や、子どもが産まれてくるためにいろいろとやってるじゃないか」
「うん」
父が私と交流を持とうと努力をしている。
正直、今までのことを無かったことには出来ないけど、これからの関係性に明るい兆しはあると思う。
その夜は、私以外の全員がたくさん食べて、飲んで、明け方まで話をしていたようだった。
5:45
自然と目が覚め、私は静かに着替えて家を出た。
部屋の散らかり具合と、みんなが折り重なるように雑魚寝をしている姿が、昨日の宴会の様子を物語っていた。
温かい湿気を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はぁ~気持ちいいね」
お腹の下の方を触るのが癖になっていて、私のワンピースにはその辺に毛玉がたくさん付いている。
産婦人科の先生がたくさん歩きなさいと言うので、散歩するようになった。
毎日、ゆっくりだけど、日傘と水筒を持ってなるべく歩くようにしている。
ルートはだんだん決まってきた。
まず、たっちゃんと来たことがあるコンビニだ。
二人分とはこういうことなのかと実感を持って、私はいつもすごくお腹が空いている。
赤ちゃんが邪魔して、容量が狭いのか、すぐにいっぱいになるけど、常に何か食べていたいのだ。
コンビニで、シュークリームを買った。
本当はカフェオレも飲みたいけど、カフェインは我慢している。
裏の公園のベンチへ移動して、シュークリームにかぶりつく。
たっちゃんは父の声を聞いて動揺していた私をここに連れてきてくれた。
たっちゃんが買って来たサンドイッチやおにぎりを分け合って食べた。
たっちゃんってば、自分で買って来たものなのに『ひとつ俺がもらってもいいか?』って言ったんだ。
いいに決まってるのに。
あぁ、この人とずっと一緒にいたいなぁって、心から思った瞬間だった。
シュークリームを食べ終えると、知り合った電柱の脇を通って、たっちゃんの会社に向かう。
あの時、あの出会いがなければ、私たちは知り合っていなかった。
そう想像するとぞっとしてしまう。
私には『運命』と呼べる出会いで、その関係はこれから先も続いてゆく。
たっちゃんが残してくれたこの命と共に、私はこれからを生きていくからね。
一歩一歩が重たくて、汗だくになる。
「万里江さんじゃないっすか?」
会社の駐車場に着いたところで、小竹さんに声を掛けてもらった。
「ずいぶん大きくなりましたね。いつ産まれるんすか?」
「まだ、一カ月以上先だって。早く出てきてくれないかな。私はもう妊婦生活を充分満喫したからさ」
「はは。それ見ちゃうと、そう言いたくなる気持ちも分かるっす。産まれたら連絡くれませんか?嫁と遊びに行きたいんすけど、いいっすか?」
「もちろんだよ」
たっちゃん、見てる?
私ちゃんとやれてるよね?
たっちゃんに誇れる生活を送れてるよね?
青く高い空から、もう手が届かないたっちゃんの声が聞こえてくる気がした。




