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アズ・ユー・ライク  作者: あおあん
前編

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3/34

3,初めて手にしたアート作品

嘘だろ。


俺は誘ってなんかない。


こいつが勝手に付いて来たんだ。


ガレージに車を停め、一人で先に家に向かう。


きっとまた、あいつは車で籠城でもするんだろう。


家の扉は建付けがズレてきているのか、鍵を開けるのは簡単じゃない。


「よっと」


少し持ち上げながら鍵を捻るのがコツだ。


「ただいま」


いつものように独り言を言ってから、後ろ手で扉を……


「あ、ごめん」


マリエを挟んでしまった。


「大丈夫か?いると思わなくて、つい、いつもの癖で」


マリエが肩を押さえている。


「痛かったか?ちょっと見せてみろ……」


と言いかけて、これはとんでもなく大がかりなトラップなのではないかという思いに行き当たる。


よく考えてみれば変な話だ。


こんな美女が俺に付き纏って家までやって来て、『怪我させられた』とかでいちゃもん付けられたらたまったもんじゃない。


「美人局には引っかからないからな!」


そう言い放ち、マリエの肩を押した。


「帰れよ。見ての通り、俺は貧乏だし。確かに力も強くないから、お前の仲間に簡単にやられるだろうけど、無い袖は振れないからな。俺なんか揺すっても『いくらにもならない』ってボスに報告しろ!」


親切心を踏みにじられた気がして腹立たしかった。


ドスドスと足音を立てて台所に行き、冷蔵庫から冷えてる缶ビールを出して飲んだ。


平日の昼間から飲酒なんてして、何とも言えない背徳感でゾクゾクした。


「ちょっ!なに、勝手に上がってんだよ!」


物音ひとつ立てず、マリエは居間のちゃぶ台に座り、ノートを広げた。


いつの間にか電話機の横に立てていた、俺の四色ボールペンを手にしている。


背中を丸めて一心不乱に手を動かす姿が、幼稚園児のようだと思った。


美人局じゃないのか?


絵が描きたかっただけなのか?


空きっ腹に流し込んだアルコールで、程よくいい気分になってきた。


俺は久しぶりの晴れ間を有効活用するため、二階に上がって布団を干すことにした。






「あ、やべ」


ついうとうとしてしまった。


時計を見ると、14:20だった。


腹減ったな。


下に降りると、マリエはまだ絵を描いていた。


かれこれもう2時間近く経っている。


真っ白だったノートは、赤、青、緑、黒で埋め尽くされ、毒々しいながらも色気の溢れる奇妙な絵が描かれていた。


目が離せなくなる。


少し鼓動が早くなった。


「お前、すごいのな」


俺の声にマリエの肩がビクッと震えた。


「あ、ごめん。驚かせたよな」


勤め先の電力会社のロゴが入った四色ボールペンがあっちこっちに投げ捨てられている。


「これな……粗悪品で、色の出が悪いって、捨てられてたんだよ」


貧乏性の俺は、例えどれかインクが出なくても、逆にどれか一色でも色が出るなら捨てることもないだろうと思い、拾ってきてしまった。


「思い通り描けたのか?」


マリエの背中に声をかけると、意外にも「うん」と大きくしっかりと頷いてくれた。




ベリベリベリ




せっかく描けた絵をノートから引き千切っている。


「おい!勿体ないことすんなよ」


慌てて止めに入ったが遅かった。


ノートから切り離されてしまった、一枚の絵を気の毒に思う。


「よく描けてるぞ?俺は好きだけどな」


残念に思いながら立ち上がると、マリエがその絵を差し出してきた。


意味が分からない。


マリエが「ん」と紙を俺の腹に当ててくる。


「くれるのか?」


まさかな。


期待しないように聞いてみた。


声も出ないし、頷きもしないが、その目は『そうだ』と告げていた。


「ありがとう。嬉しいよ」


きっと誰が描いたか知らなければ何とも思わないのかもしれない。


だけど、この女だぞ?マリエだぞ?


知り合って半日しか経っていないが、俺は何となく正体を掴みかけてきている気がする。


「あのさ、ここにお前の署名入れてくれよ」


そう言って、とんとんと紙を突いた。


マリエは黙って紙を受け取り、そこに『万里江』と書いた。


「ありがとな。大事にするよ」


初めて手にしたアート作品に心が踊った。


俺の為に描かれた、世界に一つしかない絵だ。


しかも、万里江はただ者じゃなさそうだからな。


大事にしないと罰が当たる気がした。






「しょっぱくないか?」


遅い昼飯だが、絵のお礼に料理をしてみた。


「あんまり自炊はしないから、得意じゃないんだ」


肉と切った野菜を炒めて、うどんを三玉入れた後、麺つゆで味付けをした。


「焼うどんなんてアーティストは食わないか。ははは」


恐る恐ると言った風に箸を口に運び一口食べた後、万里江はやはり何も言わず黙々と食べ続けた。


「腹減ってたんだな。そりゃそうか、朝からずっと一緒だったけど、何も食ってないもんな」


こいつが何を考えているのかは分からないが、この『無視』は性格なのだろうと思う。


そして、俺はどうやら無視されても気にしない性格だったらしい。


万里江を相手に一人でしゃべっているが、それはそれで楽しかったりする。


「これ食ったら帰れよ。家の人が心配してんじゃないか?」


どうみてもコミュニケーションエラーを起こしていそうな女の子が、いつまでも帰って来なければ親は気が気じゃないだろう。


「送って行くから」


そう言うと、万里江は静かに首を横に振った。


「送らなくていいのか?」


「……」


万里江の視線の先に、さっき俺が飲んだビールの空き缶があった。


「あ、すまん」


一本だけだし、飲んだ後に昼寝したし、もう酔いなんてとっくに覚めてるけど……


「歩いて帰れるのか?」


「ん」


お、返事だ。


「どれくらいかかるんだ?」


「……」


だよな。ちょっと調子に乗ってしまった。


これ以上の詮索は、万里江の負担になるかも知れないと思い、俺はもう何も聞かなかった。






久々に湯を張った。


熱めの半身浴で汗を流す。


あの後、万里江はすんなりと家を後にした。


「はぁ~」


息を吐きながら、湯をすくって顔を洗う。


今日の長くて奇妙な一日を振り返る。


そう言えば、朝も早かったんだ。


万里江にノートを返すために、俺は6時に家を出ていた。


最初は『憑りつかれた』と思っていたが、後半は『懐かれた』と思うようになっていた。


心に傷を抱えていそうだ。


愛想を振り撒かない、心を開かない、そんな彼女が気になって仕方なくなっていた。


また会えるだろうか……


女性と二人きりなんてなったことがない。


この家に女性が足を踏み入れたのも、母が亡くなって以来だ。つまり俺が小2以来だ。


学生の頃はモテなかったし……ま、例えもしモテたとしても、話しかけれなかっただろうが……働き始めてからは、仕事を覚えるのに必死でプライベートな時間もなく、父が入院してからは更に金銭的な余裕もなくなった。


いくら医療費に上限があるとはいえ、手出しがないわけではない。


家の維持費と、自分の生活費、それにちょこちょこ出ていく父の医療費の支払いで、彼女が欲しいとか家庭を持ちたいとか、そんな夢はとっくに断たれていた。


父が亡くなり、時間は出来たといえば出来たが……


女性経験がないままに35歳になってしまった今さら、女性にどう接していいかなんて皆目見当がつかない。


万里江は……


女性として知り合ったのではなく、落とし物を拾った人(俺)とちょっと変わった落とし主として偶然接触しただけだ。


電話番号は携帯の着信履歴に残っているが、住んでいる場所は知らない。


『万里江』だって本名とは限らないし、名字も年齢も知らない。


今度会ったら聞いてみたいが、答えてくれるだろうか。


そもそもまた会う機会なんてあるのだろうか。


俺の頭は万里江に侵略されて、それ以外のことが何も考えられなくなっていた。






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