26,正直に打ち明ける
一晩中考えた。
柏木さんの誤解を解く方法。
「たっちゃん、どうしよう、私こういうの苦手だよ」
気分が落ち込むと、つわりが激しくなるみたいで、今日は朝から気分が優れない。
何度も溜め息をつきながら、電車に乗った。
「柏木さん、おはよう」
勇気を出して自分から声を掛けた。
「おはようございます」
気まずい……
明らかに雰囲気がおかしい。
昨日も午後以降は、話しかけることができなかった。
柏木さんが胸の内を明かしてくれたんだもの、それを聞いといて、あの態度は……絶対、誤解してるよね……
「はぁ~」
わざとじゃないけど、大きな溜め息が出てしまい、慌てて口を押さえた。
RRRRR……
「はい、株式会社ティー・ヴェルスの柏木です」
柏木さんはいつも通り電話に出てくれた。
「貴島ですか?はい……少々お待ちください」
旧姓でかかってくる電話に出ていいことはない。
直感では分かっているけど、出ないわけにもいかない。
たぶん、柏木さんも同じことを思っていて、受話器を置いて、微妙な顔つきで私を見ていた。
「たどころさん、って方からです」
私の知る田所さんは一人しかいない。
前職で同期入社だった、誰ともつるまない一匹狼のような男性。
大学受験に失敗した私なんかと違い、美大卒で、在学中になにかのコンクールに入賞したらしいと記憶している。
「お電話代わりました」
その田所さんか分からないので、慎重に電話を取った。
『あ、貴島?俺のこと覚えてる?前に一緒に働いてたんだけど』
やっぱり。
「うん。もちろん、覚えてるよ」
確か、私が辞めたのと同時期に彼も退社していたはずだ。
もっとも、体調を崩して実家に引きこもった私とは違い、大学の先生の紹介で外資系のベンチャー企業に破格の年俸で転職したエリートだけど。
『電話であれなんだけど、時間ないから用件だけ言うわ』
らしいな、と思って、思わず吹き出しそうになった。
『博覧会のデザインコンペ、参加したって本当か?』
「うん。本当」
『やっぱりそうか、板倉から嫌がらせされてない?』
藪から棒だったので、言葉を失う。
『実は、俺も、三森も山崎も、それぞれ今、別の会社からそのコンペに参加してんだけどさ……聞こえてる?』
「あ、うん。聞いてる」
『板倉が邪魔してくるわけ。むかつくよな、被害者はこっちだつうの。大目に見てやってたのによ、会社辞めてまでこれかよ、ってマジないわ』
「そうだね」
『んでさ、みんなで話し合ったんだけど、あいつを訴えようって思ってさ』
「ええ?」
『俺らみんなデザイン盗用されてっから、集団訴訟っていうの?ま、貴島を入れても4人だけど……このまま黙っててもつけ上がるだけだから、この際、反撃の狼煙でも上げるかって話になって、どう?貴島も参加する?』
「あ……うん、待って、ちょっと考えさせてくれる?って言うか、どうして私がここに居るって知ってるの?」
『ああ、南原さんって人から聞いたんだよ』
たっちゃんが?
「なんて聞いたの?」
『ああ、最初、貴島が仕事探してるって言っててさ、でもそん時、うちの会社は採用募集してなくて断ったんだけどさ』
「うん」
『で……しばらく経ってから、そこに勤めることになったから、なにか縁があればよろしくってわざわざ連絡くれてさ。あの人、いい人だよな』
「うん」
こんなところでもまた、たっちゃんが私と外界の縁を繋いでくれている。
「その訴訟、私も加えてもらえるかな?」
『そうこなくっちゃな。まじ、板倉のこととっちめてやろうぜ』
「だね」
それから、今後の連絡を取り合うために個人の連絡先を教え合い、電話を切った。
「訴訟って……聞こえたんですけど、万里江さん、なんか物騒なことに巻き込まれてます?」
「心配かけてごめんね。デザインコンペに関わることだから、ちゃんと説明させて」
私は滝岡社長の了解をもらって、柏木さんを会社の外に連れ出した。
オフィスでは聞かれたくないことを、きちんと話したかった。
「ここでいい?」
食事時をずらしたフードコートは空いていて、私たちはソフトドリンクを片手に隅っこの席に座った。
「柏木さん、あのね。まず、滝岡社長のことを説明させてくれる?」
これからも一緒に働いていくのだから、こんなわだかまりのある状態はよくない。
「昨日は、私が滝岡社長を連れ出したみたいに見えたと思うんだけど、違うの。確かにちょっと個人的な話ではあったんだけど……柏木さんが思ってるような関係じゃなくて……なんて言うのかな……」
目を伏せたまま、ドリンクのカップを両手で持つ柏木さんの手が少し震えていた。
「私はね、たっちゃんが今でも大好きだし、これからもたっちゃん一筋だと思うの。滝岡社長は素敵な人だと思うけど、恋愛には発展しないから……その、私なんかより、柏木さんの方がずっとお似合いだし……」
「分かってるんです」
「え?」
「私、分かってるんですよ。万里江さんは社長のこと何とも思ってないって言いたいんですよね?」
「う、うん……」
端的に言うとそうなんだけど、柏木さんが絞り出すような苦しい声で言うから、なんか変だなって思った。
「万里江さんは社長のこと好きじゃないけど、社長が万里江さんのこと好きなんでしょ?」
「え!あ、それは!」
誤解……ではないよね。
間違ってる……わけでもないしな。
え?なんて言う?
ちゃんと振ったから心配しないで……は変だし、あまり謙遜し過ぎても嫌な感じになっちゃうし、パニックで、手に持っていたリンゴジュースを一気飲みした。
「社長の一方的な想いなんですよね、万里江さんにはどうしようもできませんよね」
すごく怒っているみたいだ。
「ごめん……」
「謝るのは違くないですか?」
「そうだね。ごめん」
どうしたらいいか分からず涙が出てきそうだった。
「だから!」
こっちを見た柏木さんは目を真っ赤にして、唇を震わせていた。
「惨めになるから、謝らないでください!」
「……」
「分かってますから、万里江さんにはどうしようもないことだって。そもそも社長が私なんか見てくれるはずないって思ってたけど、社長があんまり嬉しそうに万里江さんのことばっかり見てるから、ちょっと嫉妬しちゃって。それでも万里江さんは社長の気持ちに気付いてなかったっぽいし、社長も密かに片想いしておけばよかったのに……」
「柏木さん……」
「でも、社長は気持ち打ち明けたんですね?それで、万里江さんに振られて、見事、玉砕したんですよね?私ったら、それを……喜んじゃってて……なのに、まだ社長が万里江さんのこと諦めきれてないみたいなのが気に入らなくて……もう、本当、私、醜いですから、放っておいてもらえますか?こんな姿、誰にも見られたくないんです。特に社長と万里江さんには……」
柏木さんは、テーブルに突っ伏しておいおいと泣き出してしまった。
「お願い、そんなこと言わないで、柏木さん。お願いだから、泣かないで」
私の涙腺はもうずっと壊れっぱなしで、こういうシチュエーションには耐えられない。
柏木さんの前で、おそらく私は柏木さんより豪快に泣いてしまった。
「もぉ……私、は、柏木さんが、ひっく、大好きで、大事で……ひっく、仲良くしたいのに、滝岡社長と柏木さん……が、ひっく、お似合いだって思ってるのに……」
もう、涙も鼻水もしゃっくりまで止まらなくなって、私はみっともない程に泣いた。
「万里江さん?」
呆気に取られた柏木さんが、半笑いで私を見ていた。
「大人気ない泣き方ですね」
そもそも私はそんなかっこいいもんじゃないよ。
「ひど……ひっく……」




