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アズ・ユー・ライク  作者: あおあん
後編

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24/34

24,告白

鈍い私でもさすがに滝岡社長の意味するところは分かる。


もちろんお受けする訳にもいかず、だけど、どうお断りをすればいいのか……


「万里ちゃん、お客様がいらしてるの?」


玄関が開いて、母が顔を出した。


「あ、来てたの?」


傍若無人な父に愛想をつかし、家を出た母は、沖縄の伯母の家に居候させてもらっている。


最後に会ったのは1月で、その時に家の鍵を渡していた。


「あ、わたくし、南原さんの勤め先の会社を経営していまして、滝岡と申します」


社長が90度に腰を折ってお辞儀をした。


「今日は同僚と食事をしたんだけど、その子が酔っぱらっちゃってね、連れて帰ったあと私もここまで送っていただいたの」


「まあまあ、お茶でも」


母が滝岡社長を招き入れようとしている。


「いえ!遅いですので、今日はもう失礼させていただきます。じゃ、南原さん、また来週」


「はい。ありがとうございました」


滝岡社長はあたふたと行ってしまわれた。


「万里ちゃん、今……告白されてなかった?」


母がびっくりした顔で話しかけてきた。


「うん。ちっともそんな雰囲気なかったから、私も驚いてる。こんな、お腹抱えて……あ、そうだ、言ってなかったんだけど、私、妊娠してて……」


ワンピースをお腹に押し当てて膨らみを見せる。


「まあ!万里ちゃん!まあ……」


言葉を失いながら、私のお腹を愛おしそうに擦ってくれる。


「達夫さんの……そう……よかったわね……」


「うん」


「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったのよ」


「ごめん。お母さん、こっちには帰ってきたくないんじゃないかと思って。知ったら、飛んで来ちゃいそうな気がしたから、なかなか言えなくて」


「そう。気を遣わせたわね。でもこの時期に知れてよかったわよ。これからこーんなに大きくなるんだから」


そう言いながら両腕で体の前に大きな輪を作って見せた。


「そんなに?」


「ええ、そんなに?って言いたくなるくらい、本当にでっかくなるのよ。一人じゃ何もできなくなっちゃうんだから」


「そうなの?」


「そうよ!お腹が邪魔で足元は見えないし、お腹がつかえて立ったりしゃがんだりもままならないし、台所に立つのさえ一苦労で料理なんて大変なんだから」


「へえ……」


周りに妊婦がいたことがなくて知らなかった。


母という、一番身近な経験者から助言をもらえるのは有難い。


「だからね、ママは孫の顔を見るまで、一緒に暮らします」


「はい?」


「万里ちゃんが駄目って言っても無駄よ。ママもここに住みます」


「いいけど……」


笑ってしまった。

こんなに張り切ったお母さんを見たのは、子どもの時以来だもん。


「でも……もし……さっきの社長さんと一緒にって考えてるのなら……」


「ないない。滝岡社長とはそんなんじゃないから」


「でもね……この先、人生は長いのだから……ずっと一人で……子育てをしながら生活をしていくというのは……新しいお相手が現れても、達夫さんは怒ったりしないと思うわ……」


そうかも知れない。

たっちゃんはきっと、私が決めたことを認めてくれると思う。


「今はそんな話ししたくないよ」


「そうね、心ない発言をしてしまったわ。ごめんなさい。気を悪くしないでね」


「大丈夫」


私を心配してのことだと分かっている。


昔から保守的で、言いたいことを飲み込んできた母が、こうして気持ちを話してくれたことが意外だった。


たっちゃんに勇気をもらって、父の呪縛から逃れた成果が、こういう形で現れてるんだな。


「さ、もうお風呂に入って寝なさい」






たっちゃんが使っていた部屋には、私が描いた絵が壁のいたるところに飾られている。


私が彼を想って描いた絵。


たっちゃんが、その気持ちをそのまま受け取ろうとしていたのが伝わってくる。


私はたっちゃんが大好きだった。


気持ちが落ち込んで、もう二度と浮上してくることなんて無いと思っていた、最悪の時に救われたんだ。


最初は目を合わせることもできなかったけど、たっちゃんは根気強く付き合ってくれた。


初めて会った日から、離れたくなくて、付き纏ってしまったというのに……


たっちゃんがこの家の鍵をくれた日のことを思い出す。


どうしても会いたい衝動に抗えず、私はたっちゃんの会社に行っちゃったんだ。


『おまえ、こんなところで何してんだよ』


名前を呼んでくれないのかと、少し悲しい気持ちになった。


だけどすぐにたっちゃんは私の隣にしゃがみ込んで、『絵を描いてるんだな』と言った。


私はコンテでデッサンをしていた。


たっちゃんの勤めていた電力会社の社屋を。


なんでもよかったんだ。


だって、たっちゃんに会いたかっただけだから。


ひたすら描き続けて、お腹が空いたな、と思っていたら、たっちゃんが来てくれた。


『まだ仕上がらないのか?』


とっくに仕上がっていたけど、もう一度たっちゃんの声が聞きたくて、夕方まで待つつもりだった。


『腹減っただろ?メシ食わないか?』


嬉しかった。


『ずっと同じ姿勢で体が固まっちゃったんじゃないか?』


たっちゃんが手を差し出してくれて、私はその手を握った。


あれが、初めてたっちゃんに触れた瞬間だったと思う。


温かくて、力強くて、衝撃を受けた。


立ち上がらせてもらって、すぐ手を放されちゃったけど、本当はずっと繋いでいたかった……


自分の両手を握り合わせてみる。


たっちゃんの手とはまるで違う。


指を絡めたり、髪や顔を触ってみる。


たっちゃんが触れてくれた感触を思い出したくて……


目を瞑ってその声を思い出そうとしてみる。


笑った声や、困ったときに詰まる感じ、朝の眠そうな掠れた声……


「たっちゃん」


呼びかけると『万里江』と返ってくる気がして……


ああ、駄目だ。


ここ最近はメソメソする癖もよくなってきていたのに。


人差し指で涙を拭った。






「おはよう」


朝、家に挨拶をする相手がいるというのはいいものだ。


「おはよう、万里ちゃん。よく眠れた?」


「うん、お母さんは?」


「実はあまり眠れなかったの。だから万里ちゃんが会社に行ったらお昼寝でもするわ」


実家で父の手足となり働いていたことを知っているから、こんなにのんびりした母の姿が見られて良かった。


「いいんじゃない?何か要る物ある?帰りに買ってこようか?」


「自分のことは自分でできるから心配しないで。さ、もう行く時間でしょ?」


運転中に気分が悪くなったらいけないので、妊娠が分かってからは電車通勤にしている。


マタニティマークのお陰で、優先席に座れなかったことはないから、楽ちんだ。


「万里江さん!」


会社に着くなり、柏木さんが飛び付いてきた。


「おはようございます、柏木さん。昨日、大丈夫だった?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!私、調子に乗って飲み過ぎちゃって……やっちゃいました。本当、ごめんなさい!」


手の平を頭の上で合わせて、拝むように謝っている。


「気にしないで、私はなんもしてないから」


「そうですか……じゃ、やっぱり……」


「うん。滝岡社長が柏木さんをお家まで運んだの」


「ガーン……最悪……」


「ん?別に柏木さん、暴れたりしてなかったし、滝岡社長、慣れてそうだったけど」


「私、なにか言ってませんでした?」


「何かって?」


はて?楽しくお酒を飲みながらおしゃべりをしていた記憶しかないけど。


なんなら、柏木さんを送り届けた後の方が、考えるべきことなんだよね。


滝岡社長の『公私ともに』という言葉が頭を過った。


だけど今、考えることじゃないから、頭を振って追い出す。


「実は、私……もう、万里江さんも気付いてるかもしれませんが……」


なにを?


「社長のこと好きなんです」


え?






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