17,私とたっちゃん
たっちゃんが行ってしまってから間もなく電気は復旧した。
私はこのまま駐車場で待つ。
だって、たっちゃんが『ここで待ってて』と言ったから。
たっちゃんと出会えて、本当に幸せ。
いつも私に気を遣ってくれて、別にそんなに丁寧に扱わなくても大丈夫なのにって思うけど、ふふっ、まあ、ちょっと前までの私はあんなだったし、仕方ないか。
助手席に座ってたっちゃんの戻りを待つ。
なんか、最初からこんな感じだよな。
あの日のことを思い出す……
あのスケッチブックは捨てたんだ。
もう何もかも嫌になって、絵を描くのも見るのもやめようって思って、私はスケッチブックを投げ捨てた。
だけどやっぱりちょっと後悔して、もし、まだ落ちていたら、また描いてもいいかも、なんて未練がましい自分にうんざりしながら歩いてたんだ。
そして、たっちゃんのメモを拾った。
どうでもいい、ゴミみたいなスケッチブックを保管してくれてるというので、『捨ててもいい』と言うつもりで電話をかけた。
『マリエだろ?』
そう言われて全身に鳥肌が立った。
どうして私の名前を?
私は作品に名前を残してはいけなかったから、私の描いた絵は会社のものであって、私のものではなかったから、スケッチブックを拾ってくれた人が、私の名を呼んでくれたことが嬉しかった。
どんな人なのか会ってみたいと思った。
そして一目見た瞬間から心が惹かれた。
たっちゃんはぶっきら棒なようで、いつも私のやりたいようにさせてくれたし、私の作品を私の名前とともに愛してくれた。
それは生きる自信をなくしていた私の力となった。
たっちゃんがいないと駄目だ。
私にはたっちゃんが必要だ。
そう思ってたから、プロポーズされた時は本当に嬉しかった。
まさか、たっちゃんも私と同じ気持ちでいてくれたなんて。
もし神様がいるとしたら、どれだけ感謝しても足りない。
「はぁ~、早く戻ってこないかなぁ」
救急車と消防車のサイレンが近くで聞こえた。
なんだかちょっと怖くなって、たっちゃんに電話してみる。
応答がないのは忙しいからだよね……私は目を瞑って、その場で少し眠った。
ブーブーブー
お腹に置いていたスマホのバイブで目が覚めた。
「はい……」
知らない携帯番号からだった。
『南原達夫さんの奥様でよろしいでしょうか』
「はい」
初めて『奥様』なんて呼ばれて嬉しいはずなのに、素直に喜べない雰囲気の声だった。
『ご主人が事故で病院に運ばれました』
頭が真っ白になった。
たっちゃんが……なんて?……事故……?
混乱する頭を横に振って、私はスマホに耳を押し当てた。
『市内の中央病院ですが、すぐに来られますか?』
「はい……」
車を降りてタクシーを捕まえた。
病院に着くと、たっちゃんと同じ制服を着た人が何人もいた。
「南原さん、こちらです」
暗い顔をした男性は、自分を『こたけ』と名乗った。
「お休みの日にすみませんでした。近くで地滑りがあり、電柱が倒れ停電が起きました。先輩がたまたま電話をくれて、現場に来るというので、俺が先輩の作業着を持って行きました」
たっちゃんは生きてるんだよね?
「あの……どこにいるんですか?会えませんか?」
「先輩は土砂に巻き込まれた時に打ち所が悪くて……もしかすると……家族を呼んだ方がいいって医者に言われて……」
嘘でしょ、冗談だって言ってよ。
さっきまで一緒にいたんだよ?
信じられない気持ちのまま、背もたれのない長椅子の前まで案内された。
『手術中』とランプの付いた部屋の前で、私は誕生日を迎えた。
たっちゃんが手術室から出て来たのは、明け方だった。
傷だらけで、困ったような表情をしたまま眠っているたっちゃんの手を握った。
「絶対に動かさないでくださいね」
看護師にそう言われ、私は頷いた。
「他に会わせたい方がいましたら、今のうちに連絡をされるといいですよ」
まるで、たっちゃんが助からないみたいな言い方をしないでほしい。
お世話になった看護師ではあるけど、むっとした。
たっちゃんに家族はいないと聞いている。
私しかいない、たっちゃんには私しかいない、そして私にもたっちゃんしかいないの。
お願い目を覚まして。
どうか助かって。
お願いだから。
涙で視界がゆらゆらと揺れる中、たっちゃんの瞼が動いた。
たっちゃんが目を覚ました!
「先生!目を覚ましました!先生!」
私はありったけの声で叫んだ。
ばたばたといろんな人がやって来て、部屋から追い出されてしまった。
よかった。
たっちゃんは目を覚ましたんだ。
ほっとして体の力が抜けた。
私はそのまま待合室の椅子で意識を失った。
目を覚ますと、小竹さんが心配そうに私を見ていた。
「たっちゃんは……?」
「まだ寝てるみたいっす」
そう。生きていてよかった。
「小竹さん、お家に帰られました?新婚なんでしょう?たっちゃんから聞きました」
「へぇ、先輩、奥さんには何でも話すんですね」
「そうなのかな。若いのに優秀なんだって言ってましたよ。あと、すごく感謝してるって」
「感謝っすか?」
「はい。俺みたいな冷めた奴らばかりの中で、小竹は明るくて積極的でいい奴なんだって、たっちゃん、小竹さんのこと大好きですよ」
「俺には万里江、万里江ってそればっかっす。先輩は奥さんのことめちゃめちゃ好きっす」
「ふふふ、嬉しい。もうここは大丈夫だから、小竹さんはお家に帰って?奥さんが心配してるでしょう?」
「あざっす。もう少ししたら、帰らせてもらうっす」
突然、たっちゃんの部屋の方が慌ただしくなる。
嫌な予感がして私も行ってみる。
「南原さんのご家族の方ですね?」
「はい……」
忙しいはずなのに、私だけ中に通してもらえた。
「そばにいて声をかけてあげてください」
なんか、それって……
「たっちゃん?」
苦しそうに息をしているたっちゃんに、どんな言葉をかけろって言うの?
「たっちゃん、頑張って、私を一人にしないで」
ほんの少し目を開けて、何かしゃべろうとしている。
「なに?どうしたの?なにが言いたいの?」
顔を近付けて、たっちゃんの口の動きを読んだ。
「お、誕生日なのに、ごめん……な」
「いいの!そんなのどうでもいいから!死なないで!たっちゃん!」
たっちゃんに繋がれていた心臓の波形が一直線になってしまった。
たっちゃんの首に縋りつき、一生懸命揺さぶる。
「たっちゃん!たっちゃん!」
私が力いっぱい揺すっても動かない……
「いやー!やめて!たっちゃん!わあああぁぁぁ」
私の悲鳴が廊下に響き渡った。




