16,年末の悲劇
「先輩……最悪っす……」
「ん?どした?」
珍しく小竹ががっくりと肩を落としている。
「年末シフト入っちゃったっす」
「本当か?俺は入ってないぞ?」
基本、俺と小竹は一緒に動くはずだが……
「間宮さんがどーしても嫌だって言ったみたいで、緊急対応の待機要員にされたっす。まじ、勘弁してほしーっす」
「それはそれは」
可哀想だが、俺は今回ばかりは代わってやれない。
何と言っても万里江の誕生日だからな。
「たっちゃん、お節って毎年どうしてるの?」
「うーん、コンビニとかスーパーとかでそれっぽいのを買って済ませてるかな」
「今年はどうする?」
「何品か作ってみるのもいいよな。豆煮るとか、イモ潰すとかくらいならできそうな気がしないか?」
「そうだね。私もちょっとやってみたいかも」
「ケーキはどうしてたんだ?」
「だいたいお母さんが作ってくれてたんだけど……面倒だからコンビニでいいよ。クリスマスにも食べたばっかりだし」
「そうもいかないだろ。30歳になるんだろ?節目の年だし、なんかやりたいよなぁ」
炬燵に入りながらみかんを食べつつ、こうして年末の予定を話す。
これ以上に幸せなことはないだろう。
「たっちゃんはいつから休みに入れるの?」
「仕事は29日が最終日だから、30日に買い物に行こうか。年明けは3日からだから、5日分?あれ4日分か?」
指を折りながら正月の風景を思い浮かべてみる。
父が生きていたころも特別な準備なんてしたことが無かったから知らなかったが、これが温かい家庭というものなのだろう。
まだあまりピンとこない部分もあるが、楽しみではある。
「さすがにすごい人だな……」
今日が年内最終営業日ということで、大型スーパーは大盛況だった。
とりあえず目に付いた物を片っ端からカートに入れてゆく。
「今日はお刺身でも食べながら、お節の準備をしようよ」
「そうだな。忘れずに酒も買っておこう」
缶ビールをケースで、日本酒を一升瓶で、ワインは……
「ははは。たっちゃん、飲み過ぎじゃない?」
「なに言ってんだよ。万里江の誕生祝いにはスパークリングワインがいいよな?」
まったく詳しくないので、ラベルを見て良さそうなのをカートに入れた。
カートの上下のカゴ2つ分、たっぷりの食料品を車に積み込んだ。
「さ、ケーキを買いに行こう」
「え?」
「やっぱりちゃんとしたのを用意したいなって思って、小竹におすすめを聞いておいたんだ。今夜、日付が変わると同時にお祝いだ!」
「ひゃー、嬉しいかも」
もしかして嫌がられるかもと思っていたので、喜んでくれたことにほっとする。
カートを戻して、百貨店のスイーツ売り場へ向かうところだった……
パチン
駐車場の明かりが消えた。
「え?停電?」
万里江が不安そうに俺を見る。
4階のパーキングから外を確認すると、眼下の道路の信号機は消え、車が立ち往生していた。
まだ外は明るいが、ネオンや信号機の様子から、この辺一帯の電気系統に異変が起きたことは明らかだ。
小竹に電話する。
『あ、先輩!』
「何が起きたんだ?」
『原因はまだ分かんないっすけど、駅向こうの山肌でがけ崩れがあったみたいで、そっち方面の送電線がやられたっぽいっす』
ここからすぐ近くだ。
電話を切る前に、小竹にいくつか指示を出した。
「万里江、悪いんだけどここで待っててくれないか?すぐそこだから、ちょっと行って様子を見てくる」
「え……でも……」
「電気が通らないと、どうせ駐車場から出られないし、一刻も早く復旧させないと、この時期に電気がないのは困るだろう?」
「だね。気を付けてね、たっちゃん」
「おう。すぐ戻る」
よりによって年末の、こんな街中で停電なんて、一体どれだけの人が迷惑を被るんだ。
こうならないように日々、点検や補修作業を行っているというのに……なんて……
俺にだってこれくらいのプライドはあったんだな、と鼻で笑ってしまった。
線路を渡ると車両が通行止めになっていて、規制エリアの向こうに作業車が見えた。
「小竹!」
呼びかけると、小竹が俺の作業着を持って走ってきた。
着ながら現状を確認する。
「土砂崩れか?」
「はい。電柱が傾いて、電線がやられた感じです」
「そうか」
土砂崩れの場合、二次被害が想定されるので、あまり近付けない。
かと言って、復旧にあまり時間もかけられない。
「迂回送電は?」
「今、ループ切り替えを検討してるんですが、容量オーバーの危険があるらしくって……すんません。なんで俺、ここの点検順位下げたんだろう……」
この辺は、危険性が低いだろうという予測の元、点検の日程を先送りにしたばかりだった。
「小竹のせいじゃないよ。土砂崩れなんて誰も想定できないし、小竹がスケジュール組みなおしてくれなかったら、そもそも俺達に正月はやってこなかったんだ。感謝してるよ」
思い詰めた顔をしているが、小竹には胸を張って欲しかった。
誰もやりたがらなかった大変な仕事を買って出て、一晩でまとめて来たんだ。
俺だけじゃない、ここに居る作業員の誰もが小竹に感謝こそすれ、責める奴は一人だっていない。
「とりあえず、ここに居ても仕方がないから退避だな」
そう言った時だった。
ズゴゴゴ……
地震のような揺れと、雷が落ちたような音がして……
気が付くと、俺は寝ていた……
万里江?
泣いてるのか?
体が痛くてびくとも動かない。
まさか、死んでないよな……
「先生!目を覚ましました!先生!」
万里江が大きな声を上げて、医者を呼んでいる。
よかった。
死んでない。
最後の記憶を辿る。
傾いた電柱、地滑りした山肌、車両通行止めの規制線……
そうだ。
俺達は退避しようと話していて、地面が揺れると同時に音が鳴って……
そういうことか。
小竹は大丈夫か?
そうだ、万里江は……どうやってここに来たんだ?
スーパーに置いてきた。
早く帰って誕生会の準備をしないと。
あ、ケーキを用意できてない。
日付が変わると同時に……ハッピーバースデーを歌って……お節の準備も……
遠くなる意識をかろうじて取り戻す。
ふざけんな。
こんなとこで死んでたまるか。
俺の35年の人生で最高潮に幸せな時に、
ましてや、万里江の誕生日が俺の命日になるなんて、
そんなことあってたまるかよ。
万里江の手を握り返したいのに、力が入らない。
医者なんてあっちに行ってていいんだよ。
万里江に傍にいて欲しいんだ。
声にならない願いは聞き届けてはもらえない。
俺は虚しくなって、また目を瞑った。
死ぬわけにはいかない。
万里江を置いては逝けない。
一生守ると誓ったんだ。
万里江……
愛してる。
ちゃんと伝わっていたかな。
もっと言っておけばよかったな。
この後悔を今後に生かそう……
元気になったら、毎日、目が合うたびに言うんだ。
「愛している」と……




