15,クリスマス
実家への挨拶は失敗に終わったが、俺達の新婚生活はすこぶる幸せなものだった。
「ねえ、今日は早く帰ってくるでしょ?」
「もちろんだよ。なんてたってクリスマスイブだもんな。予約したケーキ取って、すぐに帰ってくる」
玄関まで見送ってくれた万里江にキスをした。
「行ってくる」
「気を付けてね」
まさか自分がこんなに甘い新婚生活を送れる日がくるなんて夢にも思っていなかった。
先週、入籍を済ませ、彼女は晴れて『南原 万里江』になったのだ。
初めて女性と過ごすクリスマスイブは、彼女を飛び越して妻となった。
なんという幸せ。
多少顔がにやけていても仕方がないじゃないか。
「なんか、幸せそうっすね~」
「おお、おはよう、小竹」
今日、小竹は彼女にプロポーズをするのだと張り切っている。
前々から計画し準備を進めていた小竹に対し、『えいやっ』で見切り発車した俺の方が先に入籍してしまった。
「成功の秘訣はなんすか?」
「秘訣なんてねーよ。思ってること言ったら、後は祈れ」
「う~っす」
今日は小竹も定時に帰らせたい。
俺達は早速、作業車に乗り込み、点検現場に車を走らせた。
万里江が食べたいと言っていた人気のパティシエがいるケーキ屋に、引換券を持って並ぶ。
予約をしていたにも関わらず並ぶのか……
さっぱり縁がなかったクリスマス商戦にうんざりする反面、やはりどうしても表情が緩んでしまう。
万里江には内緒だが、俺は今夜、指輪を渡す。
入籍後、すぐ結婚指輪を買おうと提案したのだが、『要らない』と言われてしまった。
あの時は諦めたふりをしたが、俺はどうしても揃いの結婚指輪が欲しかった。
シンプルなピンクゴールドの指輪を、店員に勧められるがままに購入し、ポケットに忍ばせている。
まあ、いわゆるクリスマスプレゼントだ。
喜んでくれるとは思うが……考えると、緊張し、足が震えた。
受け取ったケーキを助手席に乗せ、家路を急ぐ。
万里江がどんな料理をして待っていてくれるのか、楽しみでたまらない。
「あれ?」
おかしい……電気が点いていない……
「ただいま」
そう言いながらドアの鍵を開けた。
家の中は暖かいが、万里江が出迎えてこない。
「万里江?」
呼びながら、台所を探すがいない。
洗面所、トイレ、風呂場、二階に上がり、俺の部屋、親父が使っていた部屋……
どこに行ったんだ?
嫌な汗が背中を伝う。
まさか、実家に連れ戻されたとか……
急いで玄関で靴を履き、車のキーを手に取った。
「あ、待って……」
囁くような声が縁側から聞こえる。
よく見るとカーテンの裾が広がっていた。
「ん?ここか?」
そっと捲ると、とんがり帽子を被った万里江がしゃがんでいた。
「ごめん。失敗した。たっちゃんに見つけてもらうつもりだった」
ほっと息を吐いて、俺もしゃがみ込む。
「焦ったよ。居なくなったかと思った」
「そんなはずないでしょ」
笑いながら俺を抱きしめてくれる。
いいんだよな?
この幸せを享受して構わないんだよな?
俺はこの幸福に見合う努力をしてこなかった気がして、いつか罰が当たるんじゃないかと冷や冷やしている。
だから、万里江がいたずら心で隠れていただけなのに、『やっぱり失うのか』と覚悟を決めてしまう。
「たっちゃん、お帰り」
万里江に押し倒される。
俺に馬乗りになったまま、上からキスを浴びせてくれる。
このままでは欲望を押さえきれず、暴走してしまう……
そう思った時、万里江の手が止まった。
「これ、なあに?」
そう言いながら俺のポケットをまさぐる。
「あ!」
急いで万里江の手から小さな箱を奪い取ると、上半身を起こして万里江と向き合った。
「クリスマスプレゼントなんだ。喜んでくれるか分からないけど……」
ぱかっと蓋を開けると、仲良く並んだ指輪が見えた。
「え……いいって言ったのに」
「俺が欲しかったんだ。さ、手を出してくれないか?」
万里江が素直に左手を差し出した。
薬指にそっと指輪をはめる。
「たっちゃん……ありがとう……」
泣くほど喜んでもらえるとは思わなかった。
俺もつられて泣きそうだ。
万里江がもう一方の指輪を手に取り、俺の左手にはめてくれた。
「やっぱり指輪があった方が、夫婦って実感が湧くしな。気になるならいつも着けてなくてもいいんだけど、一応もらってくれないか?」
照れ隠しに万里江をぎゅっと抱きしめる。
万里江は『うんうん』と何度も頷きながら、俺の胸で泣いていた。
「メリークリスマス、たっちゃん」
布団の中で万里江が俺に抱き付く。
「ああ。メリークリスマス」
今日がこれを言う本番か?
サンタがくれたわけじゃないが、これまでの人生で一番のプレゼントを俺は手にしている。
『幸せ過ぎて怖い』と、どこかの誰かが言ってたが、きっとこのことだろう。
朝っぱらから心行くまで万里江を堪能し、出社した。
腑抜けた顔の小竹を見つけた。
「上手くいったんだな」
俺もこんな顔をしてたのかと思うと、少しぞっとした。
「いやぁ~まあ、もう俺ら長いんで、遅かれ早かれって感じではあったんすけど、さすがに断られる可能性もゼロじゃなかったんで、緊張したっす」
「よかったな、ま、お互い伴侶を得た者同士、仕事にも精を出さなきゃな。これからもよろしく頼むよ」
「うっす。で、早速なんすけど……」
小竹が携帯の画面を見せてきた。
「なんだ、イベントか?」
「なんか、前の市長の肝入りで誘致してた博覧会の開催が決まったらしいっす。そんで今度、大規模施設の建設に伴って電気工事必須らしいんで、部長が先輩のこと探してましたよ」
「は?おい、それを先に言えよ!お前も来い」
小竹を率いて部長を探す。
「そんな焦んなくて大丈夫っすよ。まだ建設会社の発注先も決まってないし、コンセプトとかイメキャラなんかもこれかららしいっすよ」
「お前、詳しいんだな」
「俺の彼女、いや嫁が、市役所に勤めてて、今度やる入札っていうので大忙しなんっすよ」
意外とお堅い仕事をされている彼女に驚きつつ……ふと思ったことを口にしてみる。
「その入札って、一般人でも参加できるのか?」
「そりゃ、誰でも参加する権利があるのが入札なんじゃないっすか?でも、いくら先輩でも一人で電気工事請負うとか出来ないと思いますよ」
「いや、そうじゃなくて」
先日、テレビで見たスポーツイベントのことを思い出していた。
万里江が前職で勝ち取ったイメージコンセプト……あれは、すごかった。
「ただいま」
今日は俺の方が早く着いたみたいだ。
万里江は基本的に残業はないが、それでも勤め先の知育玩具の新商品を出す時期は忙しそうだ。
知り合った時は、万里江の精神状態が不安定だったこともあり、信頼できる仲間と楽しく働ければそれでいいと思ったが……
満足できているのだろうか?
彼女の作品や過去を知れば知るほど、ただ者じゃない才能に驚かされるし、もっと世に出て、多くの人から称賛されるべきじゃないかと思うようになった。
博覧会のデザインコンペ。
万里江になら勝算があるだろう。
俺は、万里江を小さな箱に閉じ込めているようで、それは罪な気がしていた。
いつか万里江に負担を掛けないように話してみよう。
やる、やらないは彼女が決めればいい。
ただ俺はこの機会を黙っていたくはなかった。




