14,結婚の報告
「万里江、俺と結婚してくれないか」
しまった……いつかは言おうと思ってたけど……今じゃないつもりだった……自然と口が勝手に……
「あ、いや、その」
さすがに気まずくて口ごもった。
「うん」
強く俺の手を握り返し、万里江がこちらを見ている。
「……いいのか?」
「うん」
ううううおおおおおぉぉぉ!
喜びが腹の底から込み上げてきて、万里江を抱き上げた。
「マジか?」
「うん、マジ」
「本当にいいのか?」
「本当にいい」
満面の笑みで答えてくれる。
万里江を胸に強く強く抱きしめる。
「た……っちゃん……苦しい……」
「あ、ごめん。またやっちゃった」
微笑み合って、キスを交わした。
「ふん♪ふん♪ふん♪ふん♪ふ~ん♪」
「先輩、良いことがあったんすね」
「お、分かるか?」
「幸せのメロディが鼻から漏れてますよ」
「何があったか聞きたいか?」
「遠慮しとくっす」
ゲラゲラと笑いながら、出発の準備を進める。
この夏の点検スケジュールの遅れを取り戻すため、今日は終日外での作業だ。
「寒そうだから、いっぱい着込めよ」
「はいはーい」
ノリが軽い後輩だが、こいつのお陰で仕事のトラブルを解決できたし、結婚も出来ることになった。お礼を言っておかなきゃだよな。
「小竹、いろいろありがとうな」
「やめてくださいよ、なんか死亡フラグっぽいっす」
「縁起でもないこと言うなよな。やっと嫁ができるっていうのに」
「え?先輩プロポーズしたんっすか?」
「ああ」
「で、成功したんっすか?」
「ああ」
「マジっすかー!」
小竹が抱き付いてきて、背中をバシバシと叩いてくる。
「痛いって」
そう言いながら、俺は小竹の背中を軽く叩き返した。
万里江と相談し、入籍する前に両親へ挨拶をしに行くことになった。
相当渋られたが、こればかりは避けて通ることはできない。
「でも、たっちゃん……私たち、殺されるかもよ?」
「物騒なこと言うなよ。お前の両親だろ?いい報告なんだから、きっと喜んでくれるよ」
と言ってから、不安になる。
本当に『いい報告』なのか?
万里江の結婚相手が、俺みたいな中年で低所得のダサい男で……
殺されないまでも、刺されるか、よくて殴られる程度の覚悟はしておいた方がいいか。
「父は外面はいいけど、なかなかのモラハラ男だから。もう知ってるかもだけど」
「ああ」
一度、万里江のパソコンを取りに伺った時のことを思い出す。
俺を蔑むようなあの目を思い出してぶるっと震えた。
「仕方がないよ、俺こんなだしな」
「こんなってどんな?」
万里江がほっぺにキスをしてくれた。
そうだな。自信を持とう。
俺は万里江に選ばれた男だ。
頼りないところはあるだろうけど、彼女を幸せにする自信はある。
そのことをご両親に伝えるだけでいい。
「「……」」
覚悟を決めてきたつもりだったけど、いざ、要塞のような豪邸を目の前にすると足がすくむ。
「気持ちわかるよ。私も同じ。実家に帰るのにこれって、やっぱりうちってどうかしてる」
握っている万里江の手はびちょびちょだ。
手を持ち上げて、万里江の手の甲に唇を付けた。
「頑張ろう」
「うん」
チャイムに応え、義母が出て来てくれた。
「万里ちゃん……!」
そう言って一瞬喜び、俺を見て、さっと表情を戻した。
「ご無沙汰しております。今日は大事なお話があり伺いました」
義母は後ろを振り返ってから、「どうぞ」と渋々俺たちを家に入れてくれた。
「お父さんは?」
「町内のイベントで挨拶に伺っているわ。もうすぐ帰ってくると思うわよ」
アポを入れずに突然来た俺たちが悪い。
義父は御年74歳だが、ここの市長だ。
選挙活動や市政を担う活動は精力的で、歳を感じさせない迫力がある。
「お母さん、私達ね結婚することにしたの」
世間話でもするようなテンションで、唐突に万里江が言った。
「はい?」
いくらなんでも立ち話じゃなんだろう……と思わなくもなかったが、言ってしまったんだから仕方がない。
俺は体側に腕を伸ばし、腰を90度曲げて「お嬢さんを僕に下さい」と言った。
これで合っているのか分からなかったが、他にどうするべきかイメージが湧かなかった。
「待ってちょうだい……だって、万里ちゃん、それは困るわよ」
義母はおろおろしながら、携帯を取り出し電話を始めた。
「お仕事中にごめんなさい……あ、はい……分かっています……はい、でも、あの……」
受話器の向こうからがなり立てる声が聞こえてくる。
言いたいことも言わせてもらえないなんて、大変だな。
「ですから、その……万里ちゃんが結婚するんですって!」
最後は大声で叫ぶように義母は言ってのけた。
それからすぐに電話は切れ、俺達は万里江の使っていた部屋で義父の帰りを待たせてもらうことになった。
「なんかごめんね。驚いたでしょう?でも、うちはいつもあんな感じなの」
万里江は既に疲れ果てているように見えた。
「家族ってそれぞれだもんな。俺んちは両親とも亡くなってるから、万里江には会わせてやれないけど、これからは義理の両親を本当の親と思って……」
話している途中で、ドアが開いた。
息を切らした市長、じゃなかった義父が、俺の胸ぐらを掴んだ。
「お前なんかにやれるか!」
怒り狂った口調で言われ、顔に唾が飛んできた。
「必ず幸せにします」
目を見て言った。
信じてもらわなきゃならない。安心してもらわなきゃならないんだ。
どんと押されるように服を放され、俺は二歩後ろによろめいた。
「どこの馬の骨とも知らない輩に大事な娘をやれるものか!結婚は反対だ、絶対に許さん!」
「お父さんの許可なんて要りません。今日は報告に来ただけです」
「万里ちゃん、そんな言い方……」
義母が万里江と義父の間に割って入った。
俺はその行動の意図をすぐに知ることとなった。
義父の左手が万里江に伸びて、右手を大きく振りかぶったのだ。
殴る気か?
そう思うと同時に体が動いていた。
義母を庇うように俺が割り込んだので、義父の平手は俺の横っ面に見事にヒットした。
「あ、いったぁ」
頬をすりすりする。こんな痛いのが万里江に当たらなくてよかった。
「たっちゃん!」
万里江が凄い形相で父親を睨んでいる。
「手が当たっただけだ!よそ者が身内の話に割り込んでくるな!」
わなわなと震える義父からは、もう二、三発飛んできてもおかしくない。
「万里江、こっちに」
俺は万里江と義母を俺の後ろに立たせた。
「何のつもりだ」
「万里江さんを必ず幸せにします。一生かけて守ると誓います」
俺は義父から目を逸らさず、はっきりと言った。
「じゃあ、勘当だ」
「あなた……!」義母が叫び、
「ありがとう!」万里江が怒った声で言った。
万里江が俺の手を取って歩き出す。
「話したって無駄だよ、たっちゃん、これでようやくこの家とは縁が切れたんだから、最高だよ!これまでお世話になりました!」
顔を真っ赤にして、髪を振り乱し、万里江は痛々しいほどに怒っていた。
コートと鞄を手に持ち、すたすたと屋敷を後にする。
前を向いてひたすらに突き進む万里江は寂しそうにも見えた。
「ごめんな」
「何でたっちゃんが謝るの?」
「上手くやれなくて」
「あんなの無理でしょ。誰が何度やったって同じだよ。あの人達に分かってもらおうとした私が馬鹿だったんだよ」
後ろから抱きしめる。
「俺がいるから。ごめんな。寂しい思いさせてごめんな。でも、俺が付いてるから」
こんなおっさんの泣き顔を好きな女に見られたくなくて、俺はしばらくそうしていた。




