11,社会復帰
「初めまして。南原達夫と申します」
おそらく同い年くらいであろう、しゃれたスーツを着た男性に挨拶をする。
「株式会社ティー・ヴェルスの滝岡です。ご連絡いただき、ありがとうございました。間宮さんにご紹介していただいたんですよね?」
「はい。私自身は電力会社に勤めていますので、こういったことは普段はしないのですが……」
言いながら、印刷してきた万里江のデザインをガラスのテーブルに並べる。
「ほほう!これは!もうサンプルを持って来てくださったんですね」
滝岡さんが手に取って顔の前に掲げ確認をしてくださっている。
「えっと、これはどなたが?」
「あ、万里江という……フリーのデザイナーです」
「なるほど。ご本人は、今日は?」
「実は彼女は対人関係が苦手で、今日は同席してないのですが……本人はすごくやる気がありまして……できればこの案件を……」
「いくらですか?」
「はい?」
「万里江さんはいくらでこの案件を引き受けてくださるんでしょうか?」
食い気味に俺に質問をしてくる様子から、好感触を得た。
「一度、本人と会っていただけませんか?」
ようやく本題に移れそうだ。
「人付き合いが苦手なのでは?」
滝岡さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「はい。なので、失礼ながら御社がどんな会社か、私が先に見させていただいて、もし大丈夫そうであれば面会をと……失礼は承知の上でお願いに伺いました」
あまり知られていないが、この会社は子供向け知育玩具を開発・販売している。
そのクオリティの高さ故、最近は大人の間でも人気が出てきているそうだ。
……というのは、小竹から聞いた情報だが。
「それは構いませんが」
俺には狙いがあった。
新商品やターゲット層を変える度に、個別に広告を依頼するのは手間だし、費用がかさむ。
だからフリーのデザイナーとして契約するのではなく、ここのマーケティング要員として採用してもらえないかと企んでいる。
給料は安くたって構わない。
目的は金じゃない。
「明日、またお時間をいただけないでしょうか?本人を連れてきます」
「分かりました。では、10時にお待ちしています」
万里江がそわそわと玄関で立ったりしゃがんだりしている。
昨日、急いで二人で買いに行ったワンピースを着て、胸にスケッチブックを抱いている。
不安なのだろう。
「気負わなくていいよ。滝岡社長はいい人だったし、もし今回ダメでも次を探せばいいんだから」
万里江を助手席に乗せて車を出した。
万里江にはスケッチブックに描いた作品は切り離さず、そのまま溜めておくように指示してあった。
今日は作品を見てもらい、その良さを証明するだけだ。
「何度も申し訳ございません」
「いいえ。わざわざご足労いただき恐縮です」
昨日はいなかった若い女性が、たどたどしく名刺を差し出してくれた。
「デザイン部の柏木と申します」
「もし万里江さんと契約できたら、主に柏木とコンタクトを取ってもらうことになりますので、今日は同席させようかと」
「ありがとうございます。ご配慮、感謝します」
万里江の背中を軽く押す。
練習通りやれば問題ない。
……そう手の平を通して語りかける。
「き、貴島 万里江です。こ、これを見てください」
ぶるぶると震える両手で、スケッチブックを差し出す。
上出来だ。
「拝見させていただきます」
そう言って滝岡さんが受け取って広げた。
それを遠慮がちに覗き見ていた柏木さんが、急に滝岡さんに乗っかるように顔を近付けた。
「ちょ、ちょっといいですか」
滝岡さんからスケッチブックを奪い取り、ページを捲る。
「これ全部、万里江さんが描かれたんですよね?」
「はい」
「いつ描いたんですか?え……すごくないですか?どれくらい時間かけたんですか?」
柏木さんの言いたいことがよく分かる。
万里江の作品は捲る度に全く異なる雰囲気だからな、驚くよな。
「えっと、昨日とか一昨日とか」
「はい?え?万里江さんってもしかして有名なアーティストだったりしますか?」
さあ……俺に聞かれても……
万里江の方を見る。
「いいえ」
髪を揺らしながら、万里江が首を振っている。
「社長、残念ですが……」
柏木さんが悲しそうな表情を浮かべている。
「おそらくうちの予算じゃ足らないと思います」
「やっぱりそうか……」
ガクッと肩を落とす滝岡さん。
「すみませんね、南原さん、うちは新商品が発売されるたびに広告を打ち出したいんです。だから一回に掛けられる広告費は高くない。とても、万里江さんにお支払いできる予算を捻出できそうにないんです」
金額の話は一切出ていないにも関わらず、もうお断りされてしまった。
「年間、何件くらい新商品が出るのでしょうか?」
「だいたいですが、15~18といったところでしょうか。毎月、シリーズで出している物の他に、クリスマスや新年度にプラスアルファといった風ですが」
「それでは、年間15件は広告を作成するのですよね?」
「まあ、希望はそうですね。実際はそんなに打ち出せていないのが現状ですが……」
頼りない笑顔の滝岡さん、悔しそうな顔でペラペラとスケッチブックに見入っている柏木さん、今にも泣き出しそうな万里江……
行けるんじゃないか?
「あの、ご提案なのですが、万里江に年間契約をさせていただけませんか?そうしたら予算を固定した状態で安定して広告を打ち出せます」
はっと顔を上げた柏木さんが社長の腕を掴んだ。
いい流れだ。
もう一押し。
「もしくは万里江をデザイン部で雇ってもらえれば、広告費とか回数とか考えず、いくらでも描かせることができますが……彼女は、この通り、少し癖がありますので、給与は初任給くらい頂ければ……な?構わないよな?」
万里江に目を向けると、『うんうん』と激しく頷いていた。
「それいいです!それでお願いします!社長!そうしてください!」
柏木さんが滝岡さんの腕を激しく揺さぶり、滝岡さんがグラグラと揺れている。
「い、いいんでしょうか?」
「ちょっと!社長!聞き返さないでくださいよ、気が変わっちゃったらどうするんですか!私、一人じゃ無理っていつも言ってますよね?もう一人雇ってくださいって、お願いしていましたよね?」
思いの外、柏木さんが積極的だ。
「ああ、そうだったね」
「万里江さんがいいです!万里江さんと上手くやっていけそうです、私!」
この子も万里江のアートに魅了されたんだろう。
気持ち分かるなぁ、柏木さんと俺も気が合いそうだ。
微笑ましく思っていたら、居住まいを正した滝岡さんが『えっへん』と軽く咳払いをした。
「万里江さんは我が社で働きたいと思っておられるのですか?」
確かに大事な質問だ。
万里江は全財産を俺に手渡し『働く』と言ったが、それはイコール会社員になるという意味では無かっただろう。
人との交流を通して万里江が自分の殻から出やすくなるんじゃないかと、俺が勝手に考えただけだ。
フリーで単発の仕事を受ける方が、気楽でいい面もあるだろう。
万里江は少し言葉に詰まっているようだった。
だが、滝岡さんも柏木さんもせっついたりしない。
きっと、ここでなら上手くやれる。
俺は確信めいたものを感じた。
「働きたいです。ここで働きたいです」
万里江はしっかりと前を見て、はっきりと言った。
「決して高いお給料とは言えませんけどね、精一杯頑張らせてもらいますよ」
滝岡さんが笑顔で言い、柏木さんが『やったー』と言って万里江の手を握った。
戸惑いながらも、一緒に喜ぶ万里江の姿に胸が熱くなる。
出会った頃は外界を遮断するような印象があったが、変わりたかったのだろうか。
本来の万里江はどういう人物なのだろうか、ますます彼女の魅力にのめり込んでいく。




