第8話 どうやら魔法陣に呼ばれたみたいです。
「……お前の話は、まだ聞きたいことが多い」
ルシアスがそう言って、少し真面目な顔になる。
「お前は、どうやってこの国へ来た?」
「それが……私にも分からないんです」
リアは少し考えた。
「でも、森に来る前に……変なものを見ました」
「変なもの?」
「はい。地面に、光る魔法陣みたいなものがあって……」
ルシアスとノアが顔を見合わせる。
「魔法陣? どんなものだ?」
リアは鞄からノートとボールペンを取り出した。
「えっと……」
記憶をたどりながら、見たものを紙に描いていく。円の中に描かれていた、見たことのない文字。複雑に絡み合った紋様。そして、その中心にあった不思議な形。
リアは、できるだけ記憶に近い形を描いた。
「こういう感じです」
ノートを二人の前に差し出す。
「……」
ルシアスは、描かれた魔法陣をじっと見つめた。
ノアも、先ほどまでの飄々とした表情を消している。
「……何か、知ってるんですか?」
リアが尋ねる。
「いや」
ルシアスは短く答えた。
「少なくとも、俺は知らない」
「俺も見たことはありませんね」
ノアも、魔法陣を見つめたまま答えた。
「この国の魔法陣ではないんですか?」
「分からない」
ルシアスはそう言って、描かれた魔法陣から視線を外さなかった。
「……ただ」
「ただ?」
「この魔法陣が、お前をここへ呼んだのかもしれない」
「私を?」
リアは目を丸くした。
「でも、私は魔法なんて使えません」
「魔法を使う者が、必ずしも術式を作る必要はない」
「……?」
リアには、ルシアスの言っていることがよく分からなかった。
「つまり、誰かが作った魔法陣に、私が呼ばれたってことですか?」
「可能性はある」
ルシアスは、静かに答えた。
リアは、自分が森で見た光景を思い出す。
地面に浮かんだ、まばゆい光。
そして――
「……そういえば」
リアは、ふと口を開いた。
「私、魔法陣に触れたんです」
「触れた?」
「はい。何か分からなくて……」
リアは、少し困ったように笑った。
「そしたら、急に光って……気づいたら、森にいました」
ルシアスの瞳が、わずかに細められた。
「……そうか」
その声は、低かった。
ノアが描かれた魔法陣を見つめる。
「殿下」
「何だ」
「この魔法陣が、リア殿をこちらへ転移させたのだとしたら……」
「……」
ルシアスは答えなかった。
ただ、ノートに描かれた魔法陣を静かに見つめていた。
リアは、二人の様子を見ながら、膝の上でそっと手を握る。
自分は、本当にどうしてこの世界に来たのだろう。
そして――
この魔法陣は、いったい誰が作ったのだろう。
リアは、ノートに描かれた魔法陣を見つめた。
しばらく、部屋に沈黙が落ちる。
やがて、ノアが静かに口を開いた。
「この魔法陣について、一つ気になることがあります。」
ノアはリアへ向き直った。
「リア殿と出会う直前、アスタリア王国の遺跡で強い魔力反応が確認されていたんです。」
「俺たちが急いで現場へ向かった時には、その場にいたのはリア殿だけでした。」
「あの時の魔力反応と、この魔法陣が関係している可能性は十分にあります。」
ルシアスは静かに頷いた。
「ああ。現時点では断定はできないが、見過ごせる話でもない……」
ノアは穏やかに微笑んだ。
「俺たちは引き続きこの件について詳しく調べてみます。もしかしたらリア殿が元の世界へ帰る手がかりも、みつかるかもしれません。一人で抱え込む必要はありませんよ」
「……!」
その言葉に、リアの胸の奥が少しだけ軽くなった。
「ありがとうございます……。」
ルシアスとノアは小さく頷いた。
しばらくして、ルシアスがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、一つ確認しておきたいことがある。」
「はい……?」
「お前はいくつだ?」
ルシアスがリアを見つめた。
「え?」
突然の質問に、リアは目を瞬かせた。
「年齢を聞いている」
「あ、はい。十八歳です」
「……十八?」
ルシアスの眉が、わずかに動く。
「はい。実は今日が誕生日で」
「今日?」
ルシアスとノアが、顔を見合わせた。
「はい」
リアは二人の反応を不思議そうに見つめる。
「……何か?」
「いや……」
ノアが、ちらりと魔法陣の描かれたノートへ視線を向けた。
リアがこの世界へ来た日。
それが誕生日。
偶然にしては、少し引っかかる。
「少し気になっただけですよ」
「何がですか?」
リアが尋ねる。
「……」
ルシアスは答えなかった。
ただ、魔法陣とリアを交互に見つめている。
「……今日は、お前の誕生日なのだな」
ルシアスが、ぽつりと言った。
「はい」
リアは頷いた。
「でも、まさか誕生日に異世界……じゃなくて、こんなところに来るなんて思いませんでした」
冗談めかして笑う。
「誕生日くらい、ケーキ食べて、プレゼントもらって……って思ってたんですけどね」
そう言ってから、リアは少しだけ黙った。
(……唯ちゃん、今頃どうしてるかな)
施設のみんなも、心配しているかもしれない。
そう考えると、胸の奥が少しだけ寂しくなった。
「……まあ、こんな誕生日も、なかなかないですよね」
リアは無理に明るく笑った。
「……それは、少し寂しいですね」
ノアが、静かに言った。
「……」
リアは少し驚いたようにノアを見る。
そんなふうに言ってもらえるとは思っていなかった。
「……はい」
リアは小さく笑った。
「ちょっとだけ、寂しいです」
ノアは、リアを見つめる。
「せめて、今日くらいはお祝いしましょうか」
「えっ?」
ルシアスは黙ったまま、リアへ視線を向けた。
――寂しい、か。
その言葉が、妙に耳に残る。
それにしても、こいつはまた勝手に話を進めて……。
「ノア」
呆れを滲ませながら、その名を呼ぶ。
「はい?」
「話がそれている」
「そうですか?」
ノアは首を傾げた。
「誕生日のお祝いは大事ですよ」
「……」
ルシアスは黙り込んだ。
少しの間考えたあと、侍女へ視線を向ける。
「……何か甘いものを用意させろ。それと、今夜の夕食はここへ運べ」
「えっ……!?」
リアが思わず声を上げた。
「いいんですか!?」
「誕生日なのだろう」
ルシアスは、さも当然のように答える。
「……はい!」
リアの顔に、ぱっと笑顔が広がった。
その笑顔を見て、ルシアスはわずかに視線を逸らした。
ノアはそんなルシアスを見て、口元を緩める。
「殿下」
「何だ」
「いえ。何でもありません」
「……」
ルシアスは深いため息をついた。
その日の夕食は、いつもより少し豪華な料理が並んだ。
「いただきます!」
そう言って、リアは手を合わせた。
ルシアスとノアが、同時にリアを見る。
「……何だ?」
リアが不思議そうに尋ねる。
「いや」
ノアが首を傾げた。
「今のは何ですか?」
「え?」
「食事の前に、何か言いましたよね?」
「ああ、これですか?」
リアは少し考えてから答えた。
「『いただきます』って言うんです」
「何のために?」
「食べ物や、作ってくれた人に感謝するため……ですかね?」
リアは少し首を傾げた。
「日本では、みんな言いますよ」
「そうなのか」
ルシアスは、興味深そうにリアを見つめた。
「はい!」
リアは笑って、料理へ視線を戻した。
「では、いただきます!」
今度は少し大きな声で言ってから、食事に手を伸ばした。
その様子を見て、ノアが小さく笑う。
「……本当に変わった方ですね」
「褒めてます?」
「もちろんです」
ノアはさらりと答えた。
食後には、焼きたての菓子と果物を使った甘いデザートが運ばれてくる。
異世界に来てから初めて口にした甘いものは、少しだけ懐かしい味がした。
そしてその夜。
リアは白を基調とした、広い部屋に案内された。
家具はどれも高級そうなものばかりだった。
「わぁ……」
リアは、部屋の中を見渡して目を輝かせた。
「こちらをお使いください」
そう言って、部屋を案内してくれた女性が口を開いた。
「申し遅れました。私、リア様のお世話を任されました、ナタリーと申します」
ナタリーはそう言って、丁寧に頭を下げた。
「リアです。よろしくお願いします!」
リアも慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ナタリーは優しく微笑んだ。
「何かございましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「はい!」
リアは元気よく返事をした。
そのとき、ナタリーが手にしていたものに気づいた。
「それは……?」
ナタリーの腕には、白く柔らかな布地の寝間着が掛けられていた。
「こちらは、リア様のお寝間着でございます」
「寝間着……?」
リアは、ナタリーが差し出した服を受け取った。
白く柔らかな布地に、細かな刺繍が施されている。
「……これ、本当に寝るときに着るんですか?」
「はい」
「そうなんですね……」
リアは寝間着を見つめた。
日本で着ていたパジャマとは、あまりにも違う。
まるで、どこかのお姫様が着るような服だ。
「では、お着替えをお手伝いいたします」
「……え?」
リアは、思わずナタリーを見た。
「お手伝い……?」
「はい」
ナタリーは当然のように頷く。
「お着替えを……?」
「はい」
リアは寝間着とナタリーを交互に見た。
「……あの」
「はい」
「自分で着替えます」
「……」
ナタリーは、少しだけ目を瞬かせた。
「ですが……」
「大丈夫です!」
リアは、少し慌てたように寝間着を抱きしめた。
「着替えくらいは、自分でできますので!」
ナタリーはしばらくリアを見つめたあと、ふっと微笑んだ。
「承知いたしました」
「……よかった」
リアは、ほっと息を吐いた。
知らない人に着替えを手伝ってもらうなんて、考えたこともなかった。
どうやら、この世界ではそれが普通らしい。
「では、私は外でお待ちしております」
「はい。ありがとうございます、ナタリーさん」
「ナタリーで結構でございます」
「じゃあ……ナタリーさん!」
リアが笑う。
ナタリーは一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど、すぐに優しく微笑んだ。
「はい。お好きなようにお呼びくださいませ」
リアは、用意された寝間着に着替えると、ふかふかのベッドに腰を下ろした。
今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。
異世界。
魔法。
王子様。
そして、謎の魔法陣。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。
けれど――
「……疲れた」
リアはベッドに倒れ込んだ。
明日のことは、明日考えよう。
そう思いながら、リアはゆっくりと目を閉じた。




