第7話 スマートフォンを見せてみました。
部屋に案内されてしばらくすると、メイドが紅茶を運んできた。
紅茶をテーブルに並べ終えると、メイドは静かに部屋の隅へと下がる。
リアは、そんな彼女へちらりと視線を向けた。
(本物のメイドさんだ……)
物珍しさから、ついその姿を目で追ってしまう。
そんなリアに、ルシアスが静かに問いかけた。
「お前の国には、魔法はないのか?」
「はい……。さっき初めて見ました」
(……この人、本当に魔法が使えるんだ)
先ほど目にした光景が、鮮明に蘇る。
白い花の隣に現れた、美しい氷の花。
思い出しただけで、胸が高鳴った。
「……そうか」
ルシアスは短く答えた。
「では、聞こう。お前はどこの国から来た?」
「日本です」
「……」
ルシアスとノアが、同時に黙り込んだ。
「ニホン?」
「はい」
「聞いたことのない国ですね」
ノアが紅茶を口に運びながら、さらりと言った。
「……やっぱり」
リアの口から、思わず言葉が漏れた。
「え?」
ノアが首を傾げる。
リアは、膝の上でぎゅっと手を握りしめた。
ここは私の知っている世界じゃない。
魔法がある。
王子様がいる。
そして――日本を誰も知らない。
こんな話、信じてもらえるのだろうか。
それでも、私は本当に……。
「……異世界に来たのかもしれない」
リアは、ぽつりと呟いた。
「異世界?」
ルシアスの眉が、わずかに動く。
「はい」
リアは顔を上げた。
「信じられないと思うんですけど……私がいた世界とは、何もかも違うんです」
ルシアスとノアは、黙ってリアを見つめていた。
「何もかも違うっていうと、例えば?」
ノアは首を傾げ、リアに尋ねた。
「例えば……さっきも言ったように、私のいた世界には魔法なんてありません。それに、日本を知らないなんてありえませんし」
リアは少し考えてから、付け加える。
「あっ、日本は私が住んでいた国です」
リアはそう言うと、何かを思い出したようにスマートフォンを取り出した。
「えっと…… これです!」
画面を操作し、写真を表示する。
「ここが、私の住んでいた日本です。」
リアはスマートフォンの画面を二人へ向けた。
そこには、高層ビルが立ち並ぶ東京の街並みが映っていた。
「……」
ルシアスとノアは、黙って画面を見つめた。
「……これが、お前のいた場所か?」
「はい。東京っていう街です」
「トウキョウ……」
ノアは聞き慣れない言葉を繰り返した。
画面に映る、見たこともないほど高い建物。
その光景に、二人はしばらく言葉を失っていた。
「……建物が、あまりにも高いですね」
「そうなんです! すごいですよね!」
リアは嬉しそうに頷いた。
そのとき。
「……ところで」
ルシアスが、スマートフォンへ視線を落とした。
「それは何だ?」
「え?」
「今、お前が手にしているものだ」
「これですか?」
リアはスマートフォンを見た。
「スマートフォンです」
「……スマート、フォン?」
「はい」
ノアが身を乗り出す。
「それは……何かの魔道具ですか?」
「魔道具?」
「何かを映し出しているようですが」
「いや、魔力の反応がないな」
ルシアスは、スマートフォンを見つめながら呟いた
リアは少し考えた。
「これは、電話をしたり、写真を撮ったり、動画を見たりできるものです」
「……」
ルシアスとノアは、再び黙り込んだ。
「……電話?」
「動画?」
二人の反応を見て、リアは首を傾げる。
「うーん……」
そこで、リアはふと気づいた。
「……やっぱり、スマートフォンは知らないですよね」
ルシアスは、静かに答えた。
「聞いたことがない」
「魔法とは違うんですか?」
ノアが尋ねた。
「違いますよ!」
リアは思わず笑った。
「スマートフォンっていう機械です」
「機械……?」
「はい」
リアはスマートフォンを操作し、写真を撮る。
「こうやって写真も撮れます」
画面に、先ほど撮影した三人の姿が映し出された。
「……」
ノアの表情が固まった。
そこには、今この場にいる三人の姿が、そのまま切り取られたかのように映っている。
「……殿下」
ノアは驚きのあまり、続く言葉を失った。
「これは……」
どういう仕組みなのか、まるで見当もつかない。
ルシアスも画面に視線を落としたまま、しばらく黙っていた。
確かに映っているのは自分たちだ。
だが、これほど鮮明に姿を映し出すものなど見たことがない。
「……鏡ではないのか?」
思いもよらない言葉に、リアはぱちりと目を瞬いた。
「えっ? あ、違います。これは写真っていって、今の私たちがそのまま写ってるんです」
「写真……?」
ルシアスは、もう一度画面へ視線を落とした。
ノアも興味を抑えきれない様子で、スマートフォンへ顔を近づける。
「……すごいですね」
「ですよね!」
リアは嬉しそうに頷いた。
「私の世界では、みんな持ってるんですよ」
「みんな……?」
ルシアスが、ゆっくりとリアを見る。
「これを?」
「はい」
「……」
ルシアスは、しばらく考え込むように黙り込んだ。
「……お前の世界は、随分と変わっているな」
「そうですか?」
リアは不思議そうに首を傾げた。
スマートフォンを見せてからというもの、二人の反応はリアが想像していたものとは少し違っていた。
特にノアは、すっかり興味を惹かれた様子でスマートフォンを眺めている。
そんな二人を見ているうちに、先ほどまでの緊張が少しずつ解けていった。
「あっ、他にもありますよ!」
「これとか……」
リアは持っていた鞄を開けた。
そして、中からコンビニで買ったグミを取り出す。
「これは?」
ノアが興味深そうに尋ねる。
「グミです!」
「ぐみ……?」
「食べ物です。よかったら食べますか?」
「いいんですか?」
「どうぞ!」
リアが袋を差し出す。
ノアは少し迷ったあと、袋からグミを一つ取り出した。
「……」
手のひらに乗せたグミを、じっと見つめる。
「これは……何の肉ですか?」
「えっ?」
リアは一瞬、目を丸くした。
けれど、次の瞬間には――
「ふふっ……」
思わず笑いがこぼれる。
「肉って……」
リアは、クスクスと笑った。
「これ、お菓子ですよ」
「お菓子……」
ノアは、もう一度グミを見つめる。
「しかし、随分と不思議な形をしていますね」
「そうですか?」
「ええ。見たことがありません」
「あ、ちなみにぶどう味です」
ノアは、グミをもう一度見つめた。
「……ぶどう?」
「はい!」
「この小さなものが?」
「はい、ぶどうの味がするんです」
「……」
ノアは、恐る恐るグミを口に入れた。
しばらくして。
「……!」
ノアの目が見開かれる。
「どうですか?」
「……甘い」
「ですよね!」
「これは……」
ノアは、グミを噛みながら真剣な顔をした。
「……どうやって作っているんですか?」
「んー……」
リアは少し考える。
「ゼラチンを使って作るんだったと思います」
「ゼラチン?」
「はい。あとは砂糖とか、果汁とかを混ぜて……」
リアは指を折りながら説明する。
「固めたら、こういう感じになります」
「へぇ……」
ノアは感心したようにグミを見つめる。
「随分と手の込んだお菓子なんですね」
「そうなんですか?」
リアは首を傾げた。
「普通に売ってるものなので、あまり考えたことなかったです」
「……なるほど」
ノアは小さく笑った。
「リア殿にとっては、当たり前のものなのですね」
「はい」
リアはにっこり笑った。
「でも、ノアさんがそんなに興味を持つなら、もっと持ってくればよかったですね」
「……え?」
ノアは一瞬、言葉を失った。
思いがけない言葉に、胸がわずかに跳ねる。
「……いえ。お気遣いなく」
そう言いながら、ノアは小さく笑った。
「ですが……ありがとうございます」
「いえいえ!」
リアは何でもないことのように笑った。
ルシアスが、静かに口を開いた。
「お前の世界では、これが普通なのか?」
「はい。スマホも、お菓子も……私のいた世界では、珍しいものじゃないです」
「……なるほど」
ノアは考えるように、手元のグミへ視線を落とした。
「にわかには信じがたい話ですが……どうやら、異世界から来たというのは本当のようですね」
「……信じてくれるんですか?」
「ええ。少なくとも、リア殿が嘘をついているようには思えません」
ノアの言葉に、リアは少しだけほっとしたように笑った。
「ちなみに、そのグミはコンビニっていうお店で買えるんですよ」
「コンビニ?」
「はい。食べ物とか飲み物とか、いろんなものが売ってるお店です」
「こんなものが、普通に……」
ノアは改めて、手元のグミをまじまじと見つめた。
「……お前の世界は、随分と便利なのだな」
ルシアスが呟く。
「そうなんですかね……?」
リアは不思議そうに首を傾げた。
「私の世界では、これが普通なので」
その言葉に、ノアが小さく笑った。
「リア殿」
「はい?」
「あなたの言う『普通』は、どうやら俺たちの知っている普通とは少し違うようですね」
「……っ! 確かに、そうみたいですね」
リアは、はっとした。
言われてみれば、自分が当たり前だと思っていたものが、この世界では当たり前ではないのかもしれない。
そう考えると、ふと気になることがあった。
「じゃあ……」
リアは少しだけ考えてから、口を開いた。
「こっちにも、コンビニみたいなお店ってあるんですか?」
「……ないな」
「……」
リアは固まった。
「……えっ」
「不便じゃないですか?」
思わず口にすると、ノアが吹き出した。
「ふふっ……!」
「え?」
「いえ、何でもありません」
ノアは楽しそうに笑った。
リアは納得できないまま、首を傾げた。




