第60話 俺の婚約者だったから
それから数日後――。
「殿下。少し分かったことがあるよ」
オスカーはルシアスの執務室を訪ねていた。
「なんだ」
「ゼルス王国について調べてみたんだけどね。アストリア王国が滅亡するまで、ゼルスは長年にわたってアストリアへスパイを送り込んでいたみたいなんだ」
「スパイを?」
ノアが驚いたように眉を寄せる。
「ああ。長年潜り込ませていたとなると、ゼルスはアストリアの内情について、かなり詳しい情報を持っていた可能性が高い」
「……リアの身分と、アストリア王国に何か関係があると?」
「まだ何とも言えないけど、その可能性はあると思うよ。だから、もう少しアストリアについて調べようと思ったんだけどねぇ……」
オスカーは困ったように息を吐く。
「アストリア王国に関する資料は、ここにはほとんど残ってないんだ」
「……そうか」
「それで、アヴェリオス王国にもう一度協力を求めたんだけどね。向こうには、アストリアに関する資料がいくつか残っていたみたいだよ」
「本当ですか?」
「ああ。それと――カイン殿下が、直接こちらへ来るそうだよ」
「……なぜだ」
ルシアスの眉が僅かに寄る。
「さあ? リアちゃんのことが心配なんじゃない?」
「…………」
「…………」
ルシアスとノアが揃って黙り込む。
「ああ、ちなみに――」
オスカーは何でもないことのように付け加えた。
「もう来てるよ」
「……は?」
コン、コン。
まるでタイミングを見計らっていたかのように、扉が鳴る。
「入れ」
扉が開き――。
「久しぶり、ルシアス」
そこには、にこやかに笑うカインが立っていた。
「……何をしに来た」
「相変わらず冷たいなぁ。せっかく会いに来たのに」
「用件を言え」
「はいはい」
カインは苦笑しながら、部屋の中へ入る。
「……リアのこと、聞いたよ」
にこやかに笑っていたカインの表情が、一瞬で真剣なものへと変わった。
「俺にも何かできることがあるなら、協力させてほしい」
「それなら、ちょうど聞きたいことがあるんですが」
オスカーがカインへ視線を向ける。
「今回は魔法研究ではなく、アスタリア王家について調べたいと思っていましてね。カイン殿下は、何かご存知ありませんか?」
「王家についてなら、少し知ってるよ」
「それはぜひ聞かせていただきたいですねぇ」
「ああ。アストリアには、俺より三つ年下の王女がいた」
「……王女?」
「何度か会ったこともあるよ」
ノアが意外そうにカインを見る。
「アストリアの王女とですか?」
「うん」
「なぜカイン殿下が?」
「俺の婚約者だったから」
「…………」
「…………」
部屋が、しんと静まり返る。
「……婚約者?」
ノアが聞き返した。
「そう。俺がまだ子供の頃の話だけどね」
カインはそう言ってから、僅かに表情を曇らせる。
「今回、アストリアについて調べてるって聞いて、父上にも当時のことを聞いてきたんだ」
「何か分かりましたか?」
「ああ」
カインは一度言葉を切る。
「その王女は――光と闇、二つの属性を持っていたらしい」
「……!」
ノアが目を見開く。
それまで黙っていたルシアスの表情も変わった。
「……光と、闇」
「ああ。俺は当時そんなこと知らなかったけどね。父上がそう言ってた」
「…………」
十八歳前後。
光と闇、二つの属性。
そして、十一年前に姿を消したアスタリア王国の王女。
偶然と片付けるには、あまりにも多くの特徴が一致していた。




