第54話 ヴァンさん、危ない!
昼食を食べ終えると、いつものようにヴァンがやってきた。
「おい、出るぞ」
「えっ? 帰れるんですか?」
リアの表情がぱっと明るくなる。
「ちげーよ。庭! お前、ずっと部屋にいるだろ」
「……なんだ。てか、外に出ていいんですか?」
「俺がいるんだから問題ねぇよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうもんだ」
「……じゃあ、行きます」
リアは立ち上がると、ヴァンの後について部屋を出た。
ゼルス王国へ連れてこられてから、部屋の外へ出るのはほとんど初めてだった。
長い廊下を歩き、中庭へ出る。
「わぁ……!」
リアは思わず声を上げた。
色とりどりの花が咲き、中央には大きな噴水がある。
「すごい……綺麗ですね」
「だろ?」
なぜかヴァンが得意げに答える。
「ヴァンさんが育てたわけじゃないですよね?」
「うるせぇな!」
「ふふっ」
リアが笑う。
「……」
ヴァンは一瞬、そんなリアを見つめた。
「……なんですか?」
「別に」
ぷいっと顔を逸らすヴァンに、リアは首を傾げた。
そんな二人の間に、穏やかな時間が流れる。
――その時だった。
ドーン!!
遠くで大きな音が響いた。
「えっ……?」
リアは驚き、音がした方向を見る。
「お前は先に部屋に戻れ」
ヴァンの表情が一瞬にして変わる。
「ヴァン殿下!こちらへ!」
慌てた様子で、一人の騎士が駆けてくる。
「何があった」
「城内で襲撃です!第一王子派の者たちが――」
「……チッ。あいつら、ついにやりやがったか」
ヴァンが舌打ちする。
「殿下、ここも危険です。すぐに安全な場所へ!」
「ああ。リア、お前は――」
ヴァンが振り返った、その時だった。
「いたぞ! 第二王子だ!」
声が響く。
回廊の向こうから、数人の男たちが姿を現した。
「……っ」
ヴァンはすぐさまリアの前へ出る。
「俺から離れんな」
「ヴァンさん……?」
「いいから、後ろにいろ」
いつものふざけた様子は、もうどこにもなかった。
数人の男たちが、ヴァンたちを取り囲む。
そのうちの一人が手をかざした。
次の瞬間――炎の魔法が放たれる。
「ヴァンさん!」
「下がってろ!」
ヴァンが片手を振る。
瞬間、強い風が巻き起こり、迫っていた炎を一気に吹き飛ばした。
「……俺を誰だと思ってんだ」
ヴァンはリアを背に庇いながら、男たちを睨みつける。
「こんなんで俺をどうにかできると思ってんなら、舐めすぎだろ」
「……」
リアは思わずヴァンを見る。
(……ちゃんと王子様なんだ)
「おい。今なんか失礼なこと考えただろ」
「こんな時まで分かるんですか!?」
「顔に出てんだよ!」
「殿下! 前を!」
「分かってる!」
再び、男たちが一斉に動き出した。
ヴァンは次々と攻撃をかわし、風魔法で男たちを押し返していく。
「ぐっ……!」
男たちがひるむ。
その時――。
反対側の塔で、何かがキラリと光った。
「……え?」
リアが目を凝らす。
塔の陰に、人影が見えた。
その人物が、こちらへ向けて手をかざす。
冷気が集まり――鋭い氷の矢が形作られた。
「……っ!」
狙われているのは、ヴァンだ。
「ヴァンさん、危ない!」
リアが叫ぶ。
次の瞬間、氷の矢がヴァンめがけて放たれた。
リアは咄嗟にヴァンを庇うように、両手を広げて前へ出た。
――どくん。
地面の奥で、何かが脈打った。
「……え?」
リアの足元から、黒紫色の魔力が噴き出す。
それは生き物のように蠢きながら地面を這い、ずるり、ずるりと音を立てて広がっていった。
やがて泥のような魔力はリアたちの前で渦を巻き、周囲の空気まで重く濁らせていく。
――ぐちゃり。
渦の中心から、何かが這い上がった。
どろりとした魔力が大きく盛り上がり、その内側から白い骨のようなものが突き出す。
一本、また一本。
骨は不自然な音を立てながら組み上がり、やがて巨大な腕となって地面を掴んだ。
――ミシ……ミシミシッ。
異形が、ゆっくりと身を起こす。
禍々しい魔力を全身にまとい、空洞の眼窩を持つ骸骨のような顔が、ぬるりと現れた。
その姿を見た瞬間、リアの背筋を冷たいものが走る。
異形は何も語らない。
ただ、リアを守るように立ちはだかり、空洞の眼窩を敵へ向けた。
放たれた氷の矢が、異形の胸元へ迫る。
――パキンッ。
触れた瞬間、氷の矢は黒紫色の魔力に呑み込まれた。
凍てついた矢は音もなく崩れ、跡形もなく消えていく。
「…………は?」
ヴァンが呆然と呟いた。
次の瞬間。
――ジャラ……ジャララララッ!!
異形の背後から、無数の黒い鎖が噴き出した。
鎖は蛇のように宙を走り、男たちへ襲いかかる。
「なっ……!」
「ぐっ!」
手足に絡みついた鎖が、男たちの身体を地面へ引き倒す。
――ガシャァンッ!!
鎖は地面に食い込み、男たちを次々と拘束していった。
「……え?」
リア自身も、目の前で起きていることを理解できずにいた。
――ジャラ……ジャラジャラッ!
「待って! もういいよ……!」
リアはハッとして、慌てて禍々しい異形へ声をかける。
しかし、鎖は止まらない。
むしろ、さらにその数を増やしながら地面を這っていく。
「止まって……!」
必死に呼びかけるが、異形がリアの声を聞いている様子はない。
そもそも――声をかけたところで、言うことを聞くものなのかすら分からない。
「どうしよう……」
リアの顔から、さっと血の気が引く。
拘束する相手を探すように、黒い鎖がさらに周囲へと伸びていく。
「リア!」
「……っ!」
突然名前を呼ばれ、リアは振り返る。
「もういい! 俺は無事だ!」
「ヴァンさん……?」
「見ろ! どこもなんともねぇだろ!」
「でも、止め方が……!」
「知らねぇよ! 俺だって分かんねぇ!」
「えぇ!?」
「とにかく落ち着け! もう誰も俺を狙ってねぇから!」
「……」
リアは改めてヴァンの姿を見る。
確かに、怪我をした様子はない。
(……よかった)
そう思った瞬間――。
――ジャラ……。
鎖の動きが、ぴたりと止まった。




